中外製薬、研究から生産まで全方位DX 危機感で革新

グローバル市場で販売できる大型薬の開発を目指している
グローバル市場で販売できる大型薬の開発を目指している

中外製薬が新薬の研究開発から生産までの各工程でデジタル技術を活用し、全方位のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めている。人工知能(AI)と医療ビッグデータや「デジタル工場」を組み合わせ、製薬会社としての業務を変革する。2030年から新薬をグローバル市場で毎年発売することが目標だ。デジタル人材の育成や採用にも力を入れる。新薬開発のハードルが高まっていることへの危機感が背景にある。

中外製薬の奥田修社長は自社のDX戦略の現状について「デジタルを活用した革新的な創薬の実現に向けて、大きな成果があがりつつある」と語る。奥田氏は20年3月に社長に就任し、ほぼ同じ時期に30年を見据えたDX戦略「CHUGAI DIGITAL VISION(中外デジタルビジョン)2030」を公表している。これを最重要課題の1つに位置づけて、具体策に取り組んできた。

創薬手法の主流が変化

ビジョンを策定した背景には、これまでの延長線で手掛ける創薬手法では成長できないという危機感があった。医療用医薬品の主流は化学合成でつくる「低分子医薬品」から、遺伝子技術を生かした「抗体医薬品」などのバイオ薬に移りつつある。

さらには様々な疾患の治療薬がすでに存在する状況で、既存薬を超える効果や患者への利便性などを証明しなければ、新薬としての承認を得ることが難しくなっている。

約20年前、一般に新薬開発の成功確率は「1万3000分の1」とされていた。すでに低い確率だったが、現在では「2万3000分の1」まで下がったという指摘もある。開発には10年以上の期間と数千億円の費用が必要になることも多い。デジタル技術を生かして効率を高めることは、製薬会社として生き残るために欠かせない。

奥田社長は就任とほぼ同じ時期にDX戦略を打ち出した
奥田社長は就任とほぼ同じ時期にDX戦略を打ち出した

中外製薬のデジタルビジョンでは30年の目標達成までに、3つの段階を設けた。まず21年中をめどに社員の意識や組織風土などを改革し、デジタル基盤の構築を進める。続いて24年ごろまでに生産や営業プロセスなどバリューチェーンを効率化し、生産性を高める。30年にAIや医療ビッグデータを研究開発へ本格的に応用し、グローバル市場で新薬を毎年発売できる体制の整備につなげる構えだ。

「アカデミー」を創設

自社の姿を大きく変える改革を主導するのは、全社のDX戦略を統括する志済聡子上席執行役員だ。日本IBMで官公庁向け営業部門の統括などを担い、19年に中外へ移った。22年に新設されたデジタルトランスフォーメーションユニットを指揮している。

DXに向けて志済氏が力を入れるのがデジタル人材を確保するための体制整備だ。21年に「中外デジタルアカデミー」を創設し、各部門からデジタル関連の能力を高めたいと考える人材を選抜した。

選ばれた社員たちは約9カ月間、通常業務と並行して専門家についてデジタル技術を学ぶ。一度に約30人が参加するプログラムを21年には3回開催した。研修中に社員が提案したプロジェクトに会社が資金を投じ、実用化した事例も出ている。

経験者を積極採用

経験者の中途採用にも積極的だ。製薬会社のデジタル活用の潮流を紹介する「中外デジタルデイ」を開き、取り組みを公開している。自社で働くデータサイエンティストが登壇するイベントも開き、22年には1000人を超える応募があった。これらの努力が実を結び、19年から21年9月までの段階で63人のキャリア人材を採用できた。志済氏は「社員にデジタル戦略が浸透しつつある」と自社の現状を評価している。

第2段階と第3の段階でも、成果が出始めた。バリューチェーンの効率化では抗体医薬品を生産する主力の浮間工場(東京・北)で日本IBMと連携し、デジタル工場への転換を進めている。担当者が紙で管理していた作業記録を電子化することなどで、人員の最適配置につなげる狙いがある。中外製薬工業の愛波曜浮間工場長は「最終テスト段階にあるが、かなりの生産性の向上が期待できそうだ」と話す。得られた知見は他の工場にも順次広げていく。

中外製薬は抗体の改変技術などに強い
中外製薬は抗体の改変技術などに強い

中外製薬は抗体薬を加工し、新たな機能を加える「抗体改変技術」に強い。この際には膨大な新薬候補から、体内で病気の原因となる「標的」と結びつく力が強いものなどを選び出す必要がある。そこで自動翻訳などに使う言語分析の深層学習モデルを応用し、新薬になる可能性がある候補品を選びだすAIの実用化に成功した。新薬候補ライブラリーとAIを組み合わせ、人手での作業とは異なる創薬手法の確立を目指す。

医療ビッグデータの活用では、電子カルテを創薬に生かす考えだ。親会社であるスイス・ロシュ傘下のヘルスケアデータ企業、米フラットアイアンヘルスが持つ電子カルテデータを分析している。具体的な成果として既存の抗がん剤「ロズリートレク」を希少な肺がんの治療にも使えるように適応拡大を申請する際、当局に提出する資料へ盛り込んだ。データ利用がさらに進めば、治験期間の短縮につながる可能性もある。

「意識格差」に課題

いま抱える課題はDXに向けた社内の「意識格差」だ。社員のDXに対する姿勢を尋ねた意識調査の結果について、旗振り役である志済氏は「年齢層が上がるほど、DXには後ろ向きだ」と実態を明かす。全社が連携して進めるためには、特にシニア層に対して理解を求める社内活動が必要になってくる。

そしてDXは製薬会社が単独で簡単に進められるものではない。「自前主義」にこだわらず、幅広い外部連携が欠かせない。現在はNTTデータやAI開発のFRONTEOなどと協力しており、具体的な成果が求められる。

中外製薬はバイオ関連技術に強く、グローバル市場での創薬の主流に乗っている。血友病治療薬の「ヘムライブラ」など年間売上高が10億ドルを超える大型薬「ブロックバスター」も複数を販売し、22年12月期の売上収益は初めて1兆円を超える見通しだ。足元が堅調な今こそデジタル技術で将来への布石を打ち、30年以降も成長を持続するための「基盤づくり」に力を注ぐ必要がある。

(山田航平)

[日経電子版 2022年07月27日 掲載]

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