マッキンゼー、経営層が新卒指導 人材育成の投資緩めず

パートナーが日常的に若手社員の育成に関わる
パートナーが日常的に若手社員の育成に関わる

貴重な人材を無形資産として成長に生かしていく「人的資本経営」の重要性が一層高まっている。マッキンゼー・アンド・カンパニージャパンは、人事評価や育成を本業のコンサルティング並みに重視する。優秀な人材の雇用には、社員の目線にたった教育機会や労働環境の提供が欠かせない。

「人事評価に割く労力に衝撃を受けた」。三井物産からマッキンゼー・アンド・カンパニージャパンに転職した呉文翔パートナーは驚いた。企業の経営層にあたるパートナーや准パートナーが、若手コンサルタントの育成や人事評価を担う。一人のパートナーが複数人のコンサルタントを担当する。

人材投資は年250億円

コンサルタントは各プロジェクトごとにメンバーが入れ替わる。評価担当のパートナーは各コンサルタントが担ったプロジェクトのパートナーらに仕事の成果や成長度合いをヒアリングする。多い時には1人を評価するために15~25人ほどにインタビューするという。年に2回ほど開催される人事評価の会議では、7~9人が1組になって数十名を評価していく。

客観的な評価のために、収集した情報からまずは事実ベースで記入する。評価項目に基づいて、強みと改善点を列挙し総合的に評価する。評価基準はグローバルで統一されており、毎年の会議で見直される。環境の変化や社内人材の多様化に合わせて流動的に運用するのが特徴だ。

「クライアント(顧客)とピープル(社員)のどちらも大事だ」と話すのは採用や人材開発を主導する西川悠介パートナーだ。社員をとりまとめ成長に寄与するリーダーシップと、顧客の期待に応える能力の両方の素質がなければ、優秀なコンサルタントになれない。人材育成も事業と同程度に重視される。

評価するパートナーは同時に、よき相談相手でもある。プロジェクトの困りごとや今後のキャリアなど若手の相談にのり、日常的にコミュニケーションを取り成長を見届ける。「最低1カ月に1回はコンサルタントと1対1で30分程度の対話の機会を持っていた」(呉パートナー)。

人材投資は時間だけではない。世界で約3万人の社員がおり、年間の人材投資額は250億円規模だ。独自の教育プログラムの設計や社員トレーニングに充てられる。海外で経営学修士(MBA)を取得するための留学に人数制限はなく、課された条件を満たせば全員に機会がある。

コンサルティング業界への転職者は増加の一途をたどっており、リクルートの調査では21年度の異業種からの転職者数が7割を超えた。新卒採用でもコンサル業界の人気は高く、東京大学新聞によると、20年度の学部卒業生の就職先ランキング上位10社のうち4社がコンサル業界だった。

キャリア形成で個人の意思が尊重される点も優秀な人材を引きつけている。リクルートマネジメントソリューションズの調査によると24~44歳の正社員のうち、8割以上が自律的にキャリアを形成したいとしている。個人のキャリア尊重する姿勢は若年層を中心に共感を得やすい。

卒業後も関係維持

「Make your own Mckinsey(自分なりのマッキンゼーを見つけよう)」。マッキンゼー内でよく聞く言葉だ。自分でキャリアを構築していくために企業をどう使うか、それを企業が後押しする。どんなプロジェクトに参加したいか、どんな専門性を身に付けたいのか、一人ひとりの能力や希望が重視される。

入社当時から海外での仕事に関心があった西川パートナーは半年後には米国の製薬会社のプロジェクトに参加していた。米国のパートナーに直接連絡を取って自ら機会をつかんだ。年次や実績だけでなく、柔軟に社員の希望を取り入れている。

働き方の柔軟さも増している。個人の事情を考慮して7割の容量で働くことや、週4日勤務も認められている。育児などで忙しい時期に、通常なら1年で身につけるべき能力を2年間に延長して目標設定することもできる。妊娠後の女性も活躍しやすい環境が整いはじめ、グローバル全体での女性比率は22年1月時点で47%に達する。

一度、マッキンゼーに所属した人との関係性を維持する仕組みも整っている。卒業生が集まる場を企業が提供するほか、定期的に卒業生の活躍がニュースレターで届く。キャディの加藤勇志郎氏や自民党の茂木敏充氏、お笑い芸人の石井てる美氏など卒業後の進路も幅広い。卒業生の活躍がマッキンゼーブランドの価値を高めている。

同じ文化が染み付いた卒業生同士はビジネスでもメリットを生む。当時、最年少でマネージャーに昇格し、現在は靴専門のECサイトを運営するロコンドの田中裕輔社長は「つぶれそうな時に投資してくれたのが元マッキンゼーの人。無駄のない意思疎通ができ、素早くビジネスが進んだ」と話す。

ただ複雑化する企業の課題に対応するために従来と異なるノウハウを持つデジタル人材やデザイン人材の採用には苦戦している面もあるようだ。コンサルティングの転職事業に詳しいエグゼクティブリンクの中北俊氏は「(戦略系コンサルは)まだまだ待ちの姿勢だ。総合系コンサルに欲しい人材がとられている場合もある」と話す。積極的な情報開示やアピールが足りないと指摘する。

グローバル・マネージング・パートナーのボブ・ステルンフェルス氏はフィナンシャル・タイムズの取材で「昨年までは1万のポジションに対して、500種の組織や大学から100万人の応募がきていたが、今後は5000種の組織や大学からの応募を受けられるよう門戸を広げていきたい」と答えている。高度人材の需要は世界で高まっている。優秀な人材に選ばれる企業であるためには、社員の目線にたった経営が求められている。

採用活動、地方にも足

人事採用や育成担当の西川悠介パートナーにマッキンゼーの人事戦略を聞いた。

――コンサル需要が高まっています。足元での採用状況は。

「採用の規模は急拡大しています。顧客数が増えるとプロジェクトが増えますし、コンサルティングという事業全体が伸びています。これまで地方大学などはあまりターゲットとしていませんでしたが、関西オフィスを設立してセミナーを開くなど対象を広げています」

「最近では高校生に向けた情報発信もしています。大学に入る前から職選びを認識してもらって、グローバルで活躍するような人材が日本全体で増えれば最終的にマッキンゼーを選んでくれる人材も増えてくれるという意識があります」

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西川パートナーは「人が育つことで顧客のインパクトにつながる」と話す

――求められる人材に変化はありますか。

「最近はデジタルなど違う能力が必要になり、そうした人材が増えています。弁護士や医師のような専門性のある人もいれば、海外では元オリンピック選手もいます。人材の多様性が高まるにつれて、教育もより一層大事になっています」

――組織的に人材育成していくうえで、重要な点は何でしょうか。

「実際の業務に必要なことが、社員の教育やサポートに反映されるようにしています。そのため人事だけを担うパートナーがいないのが当社の特徴です。私のようにコンサルティングのパートナーが、人材育成のほか財務やリスク管理などを兼務しています」

「人が育つことで顧客のインパクトにつながります。人が楽しんでいないと顧客にもいい影響はないです。働き方として顧客優先にはなりますが本来、パートナーには顧客と同じくらい人材育成に時間を使ってほしいです」

(聞き手は藤生貴子)

[日経電子版 2022年07月16日 掲載]

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