転職サイト「日経転職版」は特別セミナー「プロが語る、ジョブ型雇用のウソとホント」を開催した。大手企業などに対し、ジョブ型雇用制度の導入支援を行っているコーン・フェリー・ジャパン人事コンサルタントの柏倉大泰氏と、法政大学教授で一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事の田中研之輔氏に、ジョブ型雇用をめぐる最新情報について語ってもらった。
―田中研之輔氏
企業におけるジョブ型雇用は現在、どの程度まで進んでいるのでしょうか。柏倉さんが見聞きしている最新事情を教えてもらえますか。
―柏倉大泰氏
大きく2つのうねりがあると感じています。1つは、ジョブ型雇用における「トップランナー企業」は既に、各仕事(ジョブ)に求める要件についてはだいたい定義をすませており「どのように現場に落とし込むか?」「どのように人事のシステムと結びつけるか?」という活用や運用のフェーズに入っているということ。
もう1つは、人材面の課題に直面している企業がなお多いという点です。例えば、「ジョブを定めたものの公募しても人材が集まらない」といったケースや、「誰がそのジョブをやってもうまくできない」といった悩みを抱える企業は少なくありません。
―田中氏
なるほど。私がこの1年ほとで感じたのは、「やはりジョブ型雇用は必要だ」ということでした。日本はこの30年間、グローバルで見た場合、望ましい結果を出せていません。問題意識のある経営層はジョブ型を掲げている一方、個人はどうでしょうか。キャリア論で重要なことは「組織内キャリアから自立型キャリアへ」です。個人が、組織の中で業務をアサインされ、言われたことをこなす働き方から、目の前の課題を自ら発見して新しいチャレンジと学びに取り組むように変えていかなければならないと思います。
―柏倉氏
「ジョブ型」の議論をするときに私がよく思い出すのは、一人の男がボクシングで人生を切り開いていくアメリカ映画の「ロッキー」です。無名のロッキーは最終的に判定負けしてしまいますが、試合に出たことで一躍有名人になります。でも彼はその後、仕事に困ります。親戚の手伝いで生肉工場に務めますが、身体能力も高く有名人なのにまったく特別扱いされず、給与も他の人と同じです。しかも、業績不振で整理解雇が行われると、勤続年数が短いロッキーはクビになってしまいます。

これがまさにアメリカなど、日本以外で主流の働き方になっている「ジョブ型」の世界です。仕事に給与がひもづいているので、有名人でも身体能力が高くても給与は同じです。では、日本の経営者がこの世界を目指したいと思っているかというと、実はそうではありません。多くの日本企業の経営者が関心を寄せているのはリスキリングやアップスキリングなど、「ジョブ型の人的投資」です。雇用や処遇を変える意図ではなく、いかにして会社の競争力を上げるか、そのために人的投資を効率的に進めるにはどうすればいいかを考えています。
―田中氏
新型コロナウイルス禍で多くの人がキャリアについて真剣に考えるようになった今、ジョブ型雇用に転換した企業は「自分のキャリア形成を応援してくれる企業」というように映ります。プロフェッショナルとしての自分を応援してくれる企業ということになり、優秀な人材が集まりやすくなります。優秀な人材を確保するには企業側が自立的なキャリアを応援する必要があり、そのための1つの施策が「ジョブ型」とも言えると思います。
「ジョブ型」で給与は減らない
―柏倉氏
「ジョブ型」になると給与が減るのではないかと心配する人がいますが、危機意識の高い経営者は「優秀な人が残ってくれないのではないか?」という不安のほうが大きいので、給与を削ろうという考えにはならないと思います。今、日本以外の国では「大退職時代」と言われるほどの大量離職が発生しています。そのような中、給与を削るより「いかに給与を上げていくか?」「育成・成長機会をどう演出していくか?」がより大きな課題になっていきます。日本企業もこの流れを避けられませんし、先行している企業はすでにその課題に正面から取り組んでいると思います。
―田中氏
「ジョブ型」で先行する日本企業の取り組みの中で、リスキリングやアップスキリングを会社として支援する動きは加速していますか。
―柏倉氏
加速はしていますが、グローバル企業と比べるとスピード感がありません。例えば、生産現場の人をITエンジニアにするといったレベルのリスキリングがグローバル企業では行われています。日本企業であれば、生産現場の人を製造現場に異動させるくらいでしょう。会社にとって現場をわかっている人は「資産」なので、リスキリングしてでもこの大退職時代に手放したくないというのがグローバル企業の考え方です。それと比べると、日本企業のスピード感は遅いです。
リスキリングで市場価値とのズレを埋める
―田中氏
私は「プロティアン」というキャリア開発の考え方を企業の現場にお伝えしていますが、それはまさに「今までやってきていないからできない」と考えるのではなく、やってきたことを資産として生かしながら変幻自在にキャリア形成するということです。組織内キャリアで経験を積むと、それが組織の中で良くも悪くも「プロ化」していきます。組織の中で「これしかやってません」となると、組織内の1番よくわかっている人にはなれても、市場価値とはズレてしまいます。組織内のプロフェッショナルをキャリアトレーニングして市場の中で通用するレベルまで引き上げることを、日本企業はやっていく必要があります。
―柏倉氏
今のお話は「キャリア資本」の考えにつながると思います。キャリア資本は、「会社特有の資本」と「職種特有の資本」の2つに分けて考えることができます。日本企業は会社特有の資本ばかりに目がいきがちですが、これに職種特有の資本を組み合わせることでキャリア資本そのものが高まる余地があります。
例えば、現場のことをよく知っている人がITシステムを組めないので、現場をよく知らないエンジニアがシステムを作り、結局現場からは文句が出るという現象が多くの会社で起こっています。現場を知り尽くしている人が「職種特有の資本」を手に入れて現場とITの両方を理解できるようになれば、付加価値は上がります。「会社特有の資本」をもつ人を尊重しつつ、リスキリングで何を加えると価値が上がるのかを考えることが重要だと思います。
[NIKKEI STYLE キャリア 2022年05月28日 掲載]