次世代リーダーの転職学

採用力高い企業は有望 転職希望者が見るべきポイント

エグゼクティブ層中心の転職エージェント 森本千賀子

私が転職希望者の皆さんやメディアのインタビュアーからよく聞かれる質問に次のようなものがあります。「成長可能性が高いスタートアップ、ベンチャー企業をどう見極めればいいですか?」

スタートアップやベンチャーを評価する際の一般的な指標といえば、「参入市場の成長性」「ビジネスモデル」「競合優位性」「組織力」などがあります。これらの指標が重要であることはもちろん変わりませんが、転職エージェントという立場から見ていて感じるのは、「採用力」です。

似たようなプロファイル(事業形態・経営陣のバックグラウンドなどの傾向値)の企業であっても、「採用力」には大きな差があることがあります。

「事業の滑り出しは好調なのに、なぜか採用がうまくいかない」――そんな企業も見られます。その一方で、「採用がうまい」企業もあり、そうした企業はその後、着実に成長を遂げる事例を数多く見てきました。

近年は、投資家もスタートアップに対し「採用力」「組織力」をシビアに見るようになっています。資金調達ができても、優秀な人材を採用し、足腰の強い組織を築けなければ成長し続けられないと考えられているからです。

「採用力」にはいくつかの要素があります。「企業力」「求人力」「採用活動力」です。

「企業力」とはプロダクトやサービスの強み、財務状況など、「求人力」は仕事内容・給与・勤務地といった条件のことで、これらは変更がききにくいものです。一方、「採用活動力」は、経営者や人事担当者のコミット次第、工夫次第で変わるものです。

企業の採用活動は、近年、多様化しています。従来型の「求人サイトへの掲載」「転職エージェントへの依頼」のほか、転職サイトの登録者に企業が直接オファーを出す「ダイレクトリクルーティング」、従業員が友人・知人を人事に紹介する「リファラル採用」、SNSの活用などの「ソーシャルリクルーティング」が活発です。

求める職種・ポジションによって手法を使い分けている企業は、採用活動力が高いといえます。

ただし、「自社の魅力」「自社で働くメリット」「求める人材」などを適切に発信できていなければ、人材獲得まではつながりません。そこで重要なのは、「採用ブランディング」「採用広報」です。

適切な採用ブランディング・広報ができていない企業多数

近年、企業の採用活動においては、「ATS」と呼ばれる採用管理システムが多く利用されています。ATSとは「Applicant Tracking System」の略で、直訳は「応募者追跡」システム。転職エージェントへの依頼から応募者の選考状況までを一括管理できるものです。

採用力の高い企業を選ぼう(写真はPIXTA)
採用力の高い企業を選ぼう(写真はPIXTA)

企業は募集を行う際、複数の転職エージェントに依頼するケースがほとんど。従来、依頼の際はエージェント1社1社に対し、対面で打ち合わせをして求める人材像を伝えていました。しかし、現在はATSで連携しているため、求人を出したり求人内容を変更したりする際には、一斉にエージェントに伝達することができます。

最近は、大手エージェントを退職した人が独立するなどして、転職エージェントの数が増加傾向にあります。そのため、なるべく多くのエージェントに求人情報を流し、網を張り巡らせるような作戦をとる企業が増えています。

しかし、企業からの情報提供は一方的になりがち。中には、現場から要望があった人材要件をマーケティング観点で検証することもせず(その要件を満たす人材が転職市場にいるかどうかも確認せず)、そのまま広報しているケースも見られます。

転職エージェントとじっくり対話していた頃は、求める人材像を深く掘り下げることもできました。しかし今は、企業と転職エージェントの関係が希薄になり、薄い求人情報が拡散されているような状況。網を広く張った分、書類選考や応募前のカジュアル面談などは増えているのですが、マッチングが成立せず採用まで至らない――そんな現実があります。

一方、冒頭で挙げた「採用活動力が高い」企業は、求める人材要件だけでなく、「人材に対する考え方や思い」「働き方」「キャリアパス」「能力開発」「自社で働くメリット」などをしっかりと発信しています。しかも、体面をきれいに整えるというより、日常のリアルな場面などもSNSで発信。「ファン」を獲得することで採用につなげています。そうした活動に、しっかり予算と人員を投入しているのです。

そして、そのような発信は、人事だけではできません。さまざまな部署の人を巻き込み、協力を得てこそ、自社のさまざまな姿を外部へ見せることができるわけです。

現場の社員たちの協力を得られているということは、社員たちのエンゲージメントが高く、「仲間を増やしたい」という思いが共有できているといえます。

これは先ほど、投資家が重視している項目として挙げた「組織力」が高いことのエビデンスにもなり得るでしょう。

「将来性ある企業で働きたい」と考える皆さんが転職を選ぶ際にも、こうした「採用ブランディング」「採用広報」が効果的にできているかどうかに注目してみてはいかがでしょうか。

個々のキャリアプランを理解・支援する企業が選ばれている

最近、スタートアップが重要ポジションの採用を行うにあたり「手紙作戦」をとるケースが増えてきました。入社してほしい人にあてて、経営者自らが手紙を書いてメッセージを送るのです。そこに書かれているのは、「当社に入社すれば、あなたのキャリアにどのようなプラスをもたらすか」です。

この「手紙作戦」のヒントになったのが、ある球団の選手獲得戦略です。

今はメジャーリーグで活躍する大谷翔平選手は、2012年、日本プロ野球のドラフト1位で北海道日本ハムファイターズから指名され、入団を決めました。このとき、球団側が大谷選手を「口説いた」プレゼン資料が公開されています。

その資料のタイトルは「大谷翔平君 夢への道しるべ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察」。高校卒業後、メジャーリーグに行きたいと語っていた大谷選手に対し、海外進出の現状や、海外進出を目指すために日本球界で実績を作ることのメリットを伝えています。

つまり、「あなたが目指す夢に近づくためにはこういう経験が必要であり、うちの球団に入ればその経験ができる」と、プレゼンしているのです。

これと同様に、採用したい候補者に対し、「うちの会社に入社すれば、あなたが描いているキャリアビジョンの実現に近づける」というメッセージをプレゼン資料にまとめて送る企業も出てきました。

もちろん、前の段階で転職エージェントとタッグを組み連携し、その人のキャリア観や将来の目標をしっかりと把握した上で、自社がその人に提供できるメリットを伝えているのです。

実際、この作戦によって、求める人材の獲得に成功した事例が複数社あります。

採用競合が激しくなる中、自社の魅力を一方的にアピールするのではなく、提示年収額を上げるでもなく、その人個人のキャリアプランを支援するスタンスを持ち、自社で働くメリットをロジックで見せる。そのような企業が、「採用力」を高め、優秀な人材の獲得に成功し、ひいては事業成長も成し遂げていくでしょう。

皆さんが転職活動を行う際にも、企業側がどのようなスタンスで自分に向き合っているかを注視してみてはいかがでしょうか。

森本千賀子

morich代表取締役兼All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊「マンガでわかる 成功する転職」(池田書店)、「トップコンサルタントが教える 無敵の転職」(新星出版社)ほか、著書多数。

[NIKKEI STYLE キャリア 2022年05月27日 掲載]

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