
日本企業の「脱・年功」が加速している。テルモやリコーが相次ぎ20代でも管理職になれる制度を導入。若手の意欲向上や組織の活性化につなげる。商社や金融にも同種の取り組みが広がる。グローバル化やデジタルトランスフォーメーション(DX)が進むなか、変化に対応できるリーダー人材の早期の選抜・育成が求められている。
テルモは4月、課長登用の条件を一新した。従来は大卒社員は5段階ある非管理職の等級を各1~3年、計14年程度かけて昇級するのが原則だった。新制度ではポストは社内公募の対象となり、年齢不問で応募できるようになった。現状最も若い課長は35歳だが、20代の登用にも道が開かれた。

医療機器メーカーから総合的な医療課題解決企業への進化を目指す同社。相次ぐ国際M&A(合併・買収)で海外売上比率が7割に達するなど、グローバル化も進む。「激しい変化に対応できるリーダーをつくるには、早い時期からの方向付けが欠かせない」と竹田敬治人事部長は強調する。
これに先立ち管理職候補の若手育成にも手を打ってきた。心臓血管カンパニーの菊地映美さん(28)は入社2年目の2019年から体に埋め込む医療機器の開発を担当。21年から先輩社員含む5人のメンバーを率いるリーダーとして、他部署との折衝なども取り仕切る。本来入社10年目ほどの中堅が担う高度な業務は、実は研修の一環だ。
18年に導入した研修制度「SOUL」は新入社員の希望者から数人を選抜。5年間、部門横断的な新製品開発など、人材マネジメントも必要なタスクを委ね、外部の大学院で会計やマーケティングの知識も学ばせる。
「メンバーの力を引き出し、大きな成果を生み出す管理職にひかれる。早くから試行錯誤する機会があれば成長できる」と菊地さん。担当分野の管理職ポストが公募されれば挑戦するつもりだ。テルモは21年秋、全世界の入社5年以内の有望な若手にリーダーシップを学ばせる新たな研修を始めるなど、組織の若返りにアクセルを踏む。
長く日本企業の人事の骨格となってきたのは「職能等級」と呼ばれる仕組みだ。勤続年数で働き手を格付けし、毎年少しずつ等級や処遇が上昇する。適性にかかわらず多くが年齢と共に昇進するが、仕事の中身で処遇する海外企業に比べそのスピードはゆるやかだ。

リクルートワークス研究所の14年調査では日本の課長昇進年齢は平均38.6歳。米国(34.6歳)や中国(28.5歳)より高い。労務行政研究所が今年、国内主要企業に実施した調査でも課長の最短登用年齢は平均35.5歳。73%が「5年前と比べ昇進スピードは変わらない」と答えた。年功型組織の構造は強固だ。
だがDXなど環境の変化はこの仕組みの維持を難しくしている。リコーも4月、非管理職の等級を5段階から3段階に減らし、在級年数の目安をなくした。従来、管理職登用は入社10年目前後からだったが、仕組み上は同2年目でも可能になった。人事総務センターの中村幸正所長は「デジタルカンパニーを目指す上で、従来の経験重視の人材配置は変革スピードに追いつかない」と話す。
入社年次による人材管理が色濃い商社も脱・年功が進む。住友商事は21年、大卒入社から管理職になるまでの期間を従来の最短8年から同5年に短縮。今秋にも20代管理職が誕生する可能性がある。三井物産も21年、所属部門の推薦で20代でも管理職相当の仕事に就ける制度を導入。2年程度かけ対象者を見極める。外資系企業などへの人材流出を防ぐ狙いもある。
このほかNTTも23年度に30代などの若手を抜てきし、経営幹部候補に育てる制度を導入する。
抜てき人事の急拡大は中高年層の不満を高めるリスクもある。20年秋、20代でも管理職になれる制度を導入した損害保険ジャパンは前後して役職定年の運用も緩和した。従来50代半ばで役職を離れることが多かったが、実力があれば管理職にとどまれるようにした。「若手だから登用するわけではなく、年齢と無関係の人物本位の登用を進める」(同社)
年功制の解体が即、企業の成長につながるわけではない。抜てきにふさわしい若手の育成や、変化に伴う組織のきしみを防ぐ工夫が不可欠だ。
日本、「出世願望」低く
日本の働き手は「出世意欲」が低い。パーソル総合研究所が19年、アジアの14カ国・地域で実施した調査では「管理職になりたい人」の割合は日本は21%で最も低く、インド(86%)や中国(74%)、韓国(60%)などと大きな差がついた。
企業の危機感は強い。リクルートマネジメントソリューションズ(RMS)が21年、主要企業の人事担当者に人材配置の課題を尋ねたところ、「昇進・昇格に魅力を感じない人の増加」(57%)が最多だった。
若手の間では専門職志向も強まる。SMBCコンサルティングが22年度の新入社員に今後目指すキャリアを聞いた調査では、「専門的知識・スキルを持つスペシャリスト」(34%)が最多で、「幅広い知識・スキルを持つゼネラリスト」(27%)などを上回った。
RMSの古野庸一・組織行動研究所長は「管理職もメンバーを束ねるマネジメント力が求められる専門職だ。組織の課題や目標設定など、求められる能力はより高度に複雑になっている」と指摘する。企業には若手社員に管理職の魅力や重要性を啓発し、昇進の動機付けを強める努力も求められそうだ。
(雇用エディター 松井基一)
[日経電子版 2022年07月05日 掲載]