「70歳まで就業」誰を残す 努力義務化、企業の対応遅れ

定年が70歳未満の企業で65歳以上70歳未満の社員への「就業確保措置」が努力義務となったが…
定年が70歳未満の企業で65歳以上70歳未満の社員への「就業確保措置」が努力義務となったが…

高年齢者雇用安定法の強化により、定年が70歳未満の企業で65歳以上70歳未満の社員への「就業確保措置」が努力義務となった。しかし経団連加盟社でさえ対応済みは2割強。65歳以上の誰を対象にするか基準作りの難しさや「努力を義務付ける」規定の不鮮明さから大企業ほど対応が進まず、労働力人口減少への備えができていない。

「対応済み」は2割

21年4月、高年齢者雇用安定法(高年法)10条2として新設された就業確保措置は、再雇用の延長や雇用によらない業務委託など5類型を規定する。

だが経団連が2021年11月に実施した調査では「対応済み」企業は22%どまり。無検討の企業も10%あり、理由のトップは「努力義務だから」だった。中堅・中小企業が多い日本商工会議所の同年4月の調査では「対応済み」は33%だった。比較すると、大企業の対応の遅れが目立つ。

24日に厚生労働省が発表した高年齢者雇用状況等報告(21年6月時点)でも、就業確保措置を実施した大企業の割合は18%にすぎず、中小企業の26%と落差が大きかった。

厚労省が20年10月に示した指針で「努力義務だから対象者基準を定めることも可能」としたことも企業を戸惑わせる。自由な制度設計を認める趣旨だが、企業からみれば制度全体を自前で作り上げる必要があるとも受け取れ、大企業ほど対応のハードルが高くなる。

先行企業の取り組みは様々だ。

「65歳以上は人事部が(処遇を)一人ひとりジャッジしている」。ジャックスの小宮山進一人事課長は話す。同社は定年到達者を65歳まで「シニア社員」として再雇用していたが、法改正を先取りし18年に上限を70歳にした。65歳前と同様の仕事で賞与査定がある「エルダー社員」と、職責が軽く査定のない「シニアパートナー社員」に分ける。

振り分け基準は本人の意向に加え、65歳まで半期ごとに実施した業務査定の結果と「長年の勤務でみえるもの」(小宮山氏)を加味する。現在はエルダー15人、パートナー70人が働く。

凸版印刷は4月に全社の人事体系を「トッパン版ジョブ型人事処遇制度」に刷新したのに合わせ、65歳への定年引き上げと70歳までの再雇用も導入した。奥村英雄執行役員は「30歳代の若手と60歳代以降の処遇を引き上げ、パフォーマンス向上を狙った」と話す。

70歳までの再雇用には選抜がある。専門性や成果を60歳から査定し、働きに応じ6割程度が再雇用対象となると想定している。

ビル・マンション管理の東急コミュニティー(東京・世田谷)は職種ごとに再雇用の上限年齢を変えている。全社員1万3000人のうち正社員は4400人。彼らは60歳定年の後、実質2回の選択で何歳まで再雇用されるかが決まる。

最初の選抜は60歳の定年時。ビルやマンションで顧客に対応する技術系社員を中心に、社内基準を満たす公的資格を持ち、考課が基準以上の人は65歳まで正社員として雇用する。対象者以外は再雇用に移行する。

2回目は65歳到達時。条件の合う技術者やビル管理実務者の一部分について、再雇用を1年単位で延ばす。上限は事務が70歳、技術が72歳、ビル管理員は75歳。池田博幸人事課長は「65歳以降は元正社員と契約社員で扱いの差をなくした。上限年齢は60代の入社も多い契約社員の雇用実態と現場ニーズに合わせての設定だ」と話す。

こうした先行企業は対象者基準について「全社的な人事方針や賃金政策との整合性が重要だ」と口をそろえる。

対象者選び難航

だが実行は簡単ではない。経団連調査では、自社で70歳までの再雇用を実施または想定中の企業のうち、84%が対象者基準を設けようとしていた。コンサルティングのクニエ(東京・千代田)の三沢直之ディレクターは「経営トップの一声で、準備が不十分なまま制度設計を始める企業が目立つ」と懸念する。

高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査では、再雇用延長の提案者は「社長など経営陣」が74%で最多。「人事部門」の3.5倍に上った。トップ主導でないと対応が始まらず、一方で全社方針は未確定というちぐはぐな対応の傾向が透ける。

法令の努力義務を軽視する企業の多さも問題だ。

努力義務は多くの労働法で規定され、大きく2種類に分かれる。実効性のない訓示規定と、「時期尚早」ではあるが将来の義務化を見据えたものだ。例えば男女雇用機会均等法の場合、募集や採用などの平等扱いは1986年の施行当初は努力義務だったが、99年に義務化された。

その努力義務が訓示規定なのか義務化を想定したものなのかは、担当省庁が示す法指針の書きぶりなどからうかがえる。

今回の65歳以上の就業確保措置の場合、厚労省高齢者雇用対策課の遠藤径至課長補佐は「(将来の義務化を)政府で決定したことはない。今は就業確保の必要性を理解してもらう段階」と話す。

法指針では、就業確保の手法について5種を示すなど、きめ細かく企業の対応を促している。さらに「会社が認めた者」など恣意的な規定での絞り込みを「法の趣旨に反し認められない」と強く否定。同省は各企業の対応を毎年の報告書で確認していく。

日本の労働力人口は減り続け、高年齢者や女性の就業の拡大で不足を補う社会的な要請が高まっている。高年法対応は企業にとって将来への投資ともいえ、軽視は許されない。

(礒哲司)

努力義務違反で賠償も

企業が法定の努力義務を無視しても裁判で損害賠償の支払いが命じられることは基本的にはない。ただ該当規定の位置づけが考慮されて賠償につながった例もあり、企業は慎重な対応が求められる。

努力義務についての代表的な裁判例は、60歳定年が努力義務だった時期の高年齢者雇用安定法で、段階的定年引き上げ途上での56歳退職の是非が争われた青森放送裁判だ。青森地裁は1993年に「努力義務は事業主と労働者の間に直接私法上の効力を及ぼさない」との判決を出した。2000年の東京地裁の別裁判でも同趣旨の判決が出た。

ただ、この枠組みに収まらない裁判例も存在する。女性の配置・昇進の平等扱いが男女雇用機会均等法で努力義務だった時代の昭和シェル石油裁判だ。
東京高裁は07年、均等法の努力義務を「単なる訓示規定でなく、実効性のある規定であることは均等法自体が予定する」と解釈。会社が法の目標を達成する努力を「なんら行わない場合」などに不法行為の成立を認めて2000万円強の賠償を命じた。最高裁は09年、高裁判決を確定させた。

珍しい事例ではあるが、努力義務の重みと企業側の適切な対応の大切さを印象付ける司法判断といえる。

現役社員にも配慮した制度設計を

浅野浩美・事業創造大学院大学教授の話

浅野浩美・事業創造大学院大学教授
浅野浩美・事業創造大学院大学教授

高年齢者の就業促進にどんな制度を作るかは、現役社員へのメッセージでもある。現役との比較や再雇用者間でどのように処遇するかに、会社の考え方が現れる。当事者以外も「なるほど」と受け取る扱いが大切で、現役のうちから60歳、65歳を見越して評価を重ねておく必要がある。

70歳までの10年分の社員のみが対象と考えるような拙速な制度づくりはうまく行かない。企業は腹を固めて高年齢者活用を進めるべきだ。

[日経電子版 2022年06月27日 掲載]

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