日立、リスキリング管理システムを全社員に導入

探訪リスキリング

日立製作所は人工知能(AI)を駆使して社員のリスキリング(学び直し)を促すシステムをグループ全体で導入する。AIが社員一人ひとりのスキルを把握し、将来的に必要になるデジタル知識や外国語の習得を促す仕組みだ。日立はあらゆるモノがネットにつながる「IoT」の技術基盤「ルマーダ」を軸に、従来のものづくりからデジタル主導の経営への転換を進めている。人材への投資を通じて「デジタル企業」としての競争力の底上げにつなげる。

日立の社内教育で指揮をとる日立アカデミーの迫田社長
日立の社内教育で指揮をとる日立アカデミーの迫田社長

「学習体験プラットフォーム(LXP)」と呼ぶ新システムを導入する。10月に日立製作所が取り入れ、その後にグループ企業にも順次広める。米リンクトインが提供する1万6000の講座や、英語を含む10言語の学習プログラムを受講できる。

日立製作所は7月からいわゆるジョブ型雇用を本体の全社員に広げる。会社側が提示する職務記述書に必要なスキルが示される。職務内容が必ずしも明記されない「メンバーシップ型」では年功序列的な要素が残りやすかったが、人事制度を刷新して社員のスキルに基づく人材の活用を進める。新システムの導入でジョブ型雇用の効果を高める狙いだ。

日立は2019年からグループ横断的に社員へのデジタル教育に力を入れ始めた。同年には約100コースのデジタル専門研修を取り入れ、すでに基礎編は約1万人が履修した。社内教育を託されたのがグループに3カ所あった研修機関を統合して発足させた日立アカデミーだ。

社長の迫田雷蔵は電力部門を振り出しに情報部門やアジア、本社で人事部門を渡り歩いた「人事のプロ」。グループ全体を巻き込む人事改革の発端は05年に駐在した米シリコンバレーで見た景色だった。

テクノロジーばかりが注目されがちだが、それを生み出す若い才能が生き生きと働く環境はどうやって形づくられているのか。「人」に関心が向いていた迫田には、見えてきたものがあった。

グーグルやアップルなどテックジャイアントだけではない。雨後の竹の子のように続々と生まれるスタートアップは、どの会社もデータをフル活用した人材投資に力を入れていた。人への投資こそが爆発的な成長を生む原動力となっている姿をまざまざと見せつけられたのだ。翻って日立はどうか。

「口では『人が大事』とは言うけど、いつしか言葉だけになっていました」。バブル崩壊の後からどうしても人への投資が二の次になっていた面は否めない。そんな危機感を共有していたのが、ちょうど同じ時期に日立グローバルストレージテクノロジーズ会長としてシリコンバレーに駐在していた中西宏明だった。

「日立も変わらないと……」。こんな議論を実行に移すようになったのが、中西が日立社長に抜てきされた翌年の11年だった。中西は迫田を都内の本社に呼ぶと、こう告げた。「世界に通用する人材マネジメントを作ってくれ」

迫田はグローバルの人材管理を担当するようになり、中西が進める日立改革を人事面で支えるようになった。中西はその後、経団連会長も歴任し21年に死去した。迫田は今では日立のリスキリング改革の黒子役としてグループのデジタルシフトを下支えする。

日立アカデミーは集合研修などで社内の人材育成を進めてきた
日立アカデミーは集合研修などで社内の人材育成を進めてきた

課題は山積している。現在力を入れるのが部下のリスキリングを導く部長職など管理者層の強化だ。「日立はこの分野に十分な投資をしてこなかったので」。リスキリングという概念がなかった年代をどう再教育するかが組織全体の学ぶ力を左右すると見る。

巨象・日立は10年越しの人材改革で「学び」に力を入れ始めた。内なる改革で蓄えた知見は「外」にも活用され始めている。

「どの会社も、どの業界もデジタル人材の育成は課題と認識している」。日立コンサルティングのデジタルイノベーションコンサルティング本部長、金本禎寛はこう話す。日立が抱え続けていた人材育成の課題はどの産業にも共通するテーマだ。

日立コンサルは個別案件を通じてクライアントの問題解決に取り組むが、肝になるのはやはり社員育成であり、リスキリングだ。顧客企業の社員にデジタルを学び直す必要性をどう感じてもらうか。そのために重視するのが「ワークショップ」だ。

クライアントが掲げる目標を達成するために今足りないものは何か、そのギャップを埋めるために社員たちに何を学んでもらうべきか。4~5時間をかけて洗い出していく。最近ではJR東日本のタクシー配車やシェアサイクルとの連携などで実践した手法だ。

日立コンサルの八尋社長は経産省のプロジェクトにも参画した
日立コンサルの八尋社長は経産省のプロジェクトにも参画した

その日立コンサルを率いる社長の八尋俊英は、まさに学び直しのキャリアを歩んできた男だ。ソニーでインターネット事業の立ち上げに携わり、05年からは経済産業省に転じ、検索エンジン開発の国家プロジェクトを主導した。その夢は志半ばで破れ、後に日立に転じたが、全く異なるフィールドに飛び込む度に学び直してきたことは無駄ではなかったと感じる。

1999年に米国で音楽データ共有のナップスターが生まれたのはなぜか、それに対する著作権法はどうあるべきか。なぜ日本は検索で米グーグルの後じんを拝したのか。キャリアを重ねるごとに次々と見えてきた新しい世界に対峙するために、自分は何を知っておくべきなのか。新しいものに直面する度に、SF小説に魅入られた高校時代の初心に帰るつもりで無心で学び直してきた。

テクノロジーの変遷を日立という巨象の外側から眺めてきた八尋は、今の時代を生きるサラリーマンにも求められるのは「自分の仕事の本質を問い直す、バック・トゥー・ザ・ベーシック」の発想ではないかと言う。自分には何ができるのか、これから何が必要になるのか。働く人にあまねく突きつけられる問いの答えはひとつではない。分かっていることはただひとつ。学び続けなければ生き残れないということだ。

=敬称略

(山口和輝)

[日経電子版 2022年06月27日 掲載]

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