DeNA「失敗恐れず独創的に」 球団代表に聞く人材育成

プロ野球の横浜DeNAベイスターズはスタートアップを思わせるような人材育成に特徴がある。失敗を恐れず新しい事業に挑戦する意識を植え付けるほか、選手の成績や健康状態はシステム上で一元的に把握している。先頭に立つのは、商社や親会社のDeNAで人事部門を経験してきた三原一晃専務取締役球団代表だ。プロ野球の経験はないが編成責任者を約3年前から務めて「人づくり」を主導する。

三原一晃 横浜DeNAベイスターズ代表
三原一晃 横浜DeNAベイスターズ代表

みはら・かずあき 1993年ニューヨーク州立大バッファロー校卒、94年NaITO入社。05年ディー・エヌ・エー(DeNA)入社。13年横浜DeNAベイスターズ出向、16年から現職。東京都出身、53歳。平松政次投手に魅力を感じ、大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)のファンになった。

3月1日、ベイスターズは独自に提供するアプリ「ベイスターズプライムカメラ」の正式版を立ち上げた。主催試合で複数視点の映像を提供するほか、試合以外の選手の姿を捉えた限定動画も配信する。球団の若手社員らが約半年間、ファンやSNS(交流サイト)での反応を参考にしながら改良を重ねてきた。

野球人とIT人材を融合

三原氏は「新型コロナウイルス禍での新しい野球の楽しみ方を提案しなければならない」と社内で呼びかけてきた。集客が厳しい状況だからこそコストを抑えることだけを考えず「失敗を恐れず独創的な発想を発揮して欲しい」と若手社員を鼓舞している。

多視点映像や試合以外の限定動画を配信する
多視点映像や試合以外の限定動画を配信する

こうしたデジタルサービスはDeNAのIT人材との連携で実を結んでいる部分もある。球団の社員数は約270人で、そのうちDeNAからの出向者が27人を占める。「ITの知見がある人が本社にいる。野球という独特の世界とシステムを両方分かっている人は、なかなかいない」と三原氏は言う。両者の組み合わせも三原氏の「編成」だ。

ベイスターズの組織が大きく変わったのは2018年のオフだ。11年からゼネラルマネジャー(GM)を務めてきた高田繁氏が退任した。高田氏は現役時代に巨人のV9に貢献したほか、日本ハムやヤクルトでは監督を経験した。12年シーズンにDeNAが親会社となったベイスターズの組織作りを担ってきた。

高田氏が務めた編成の最高責任者はスカウトや監督・コーチの人事、選手の年俸の査定を統括する重要な役割だ。プロ野球の経験者以外が就任するのは珍しい。ただし「三原流」は、自らが全て指示するわけではない。スカウト部長はプロ野球経験者を置いて権限を与えるなど、各担当者が力を発揮しやすい環境を整えることに徹してきた。

そうしたチームや球団の情報を一元化できるように整えてきたのが、米国から普及したとされる「ベースボール・オペレーション・システム」と呼ばれるソフトウエアだ。ベイスターズでは「ミナトシステム」と呼ばれている。

試合やキャンプでの選手の成績と体調、コーチやトレーナーの指導結果など、時には1日に数十件という情報が登録されて一元的に把握できる。チームスタッフはどこにいても最新データを共有し、チーム運営に活用できる。

ミーティングではビジネスチャット「スラック」などと組み合わせて活用している。三原氏は「全てが残るので検証もできるし、離れていてもチームで共有できる。用途に応じて、より見やすくしている」と説明する。

スタッフや選手への英語指導で見識を深めてもらう
スタッフや選手への英語指導で見識を深めてもらう

プロ野球選手という仕事にとどまらず、見識を深める取り組みにも積極的だ。チームには専属の英語教師を配置している。チームスタッフや球団職員、一部の選手などにレッスンを提供し、外国人選手とのコミュニケーションなどに役立てている。外国人選手のスカウトなど海外の視察が本格化する中、組織をグローバル化しキャリアの見識を広げてもらう狙いがある。

専門商社の再建に関与

三原氏が人事のスペシャリストとしての道を歩み始めたのは米国の大学を卒業し入社した、産業機器などを扱う専門商社での経験だ。営業などを経験し再建プロジェクトに加わった。そこで「人事がしっかりしていれば、こういうことにならなかったのではないか」と感じ、新しい人事制度の策定などに関わった。

その後は37歳でDeNAに入社し、現会長でベイスターズのオーナーでもある南場智子氏の下で働くことになった。当時のDeNAはまだ社員が100人程度で、急成長するソーシャルゲームなどの人材を大量に採用しようとしていた。多い日は1日に15人も採用面接する日々だった。

DeNAはまだ成長途上だったが、社内には「米グーグルを抜く」と真剣に語る人材が多くいた。入社を希望する人も「何歳までに起業したいんです」と言い切るなど、自己主張の強い人材ばかりだった。そこに魅力を感じた。

そんな人材を生かすため「『この人は、こういう人だ』など枠をつくって判断しないようにしていた」と三原氏は当時を振り返る。採用にあたって一貫して重視したのは、自分で何か積極的にやりたいことを持つ人材だった。

DeNAがプロ野球に参入した1年後の13年、事業を軌道に乗せるという役割を担ってベイスターズに出向する。当時の高田GMに付きっきりで、野球における現場との距離感を学んだ。「監督やコーチに指示を出すと現場が混乱するので、指示系統はまかせる」「現場を信じる」といったことの重要性を知った。

高田元GMに付き添い選手との接し方などを学んだ
高田元GMに付き添い選手との接し方などを学んだ

監督やコーチの評価をまとめ、それを基にチームの弱点や課題を判断する日々だった。食堂などで選手へ気軽に声をかけ、コミュニケーションを深めるようにした。「重要なのは、選手が評価に納得することだ」と三原氏は言う。

ベイスターズはDeNAが親会社になってから「女性にも快適なスタジアム」を目指して球場のトイレを改装し、花火を上げるなどエンターテイメントの要素も増やした。これらは社員らの発想に基づく改革だ。年間観客動員数も新型コロナ前の19年が228万人と、DeNAが参入する前の11年の110万人から倍増した。業績も16年から19年まで球団単体で営業黒字を確保した。人事や組織の変革は一定の効果をあげている。

チーム力の底上げが課題

ただしチームは2021年シーズンで最下位となり、チーム力の底上げは急務だ。三原氏は「選手も危機感を持っている。俺たちが何とかしなければいけないと感じる悔しさを原動力に変えていく。そのために現場がやりやすい環境を整える」と強調する。

三原代表は「現場がやりやすい環境を整える」と強調する
三原代表は「現場がやりやすい環境を整える」と強調する

かつてのプロ野球は監督・コーチ人事などで年功序列の要素が強く、入団から選手生活を終えるまで一球団で過ごす「生え抜き」が重んじられる風潮もあった。これは従来の日本企業の姿と重なる。

しかし現在のプロ野球は家庭の話題で中心的なコンテンツではない。これまでと違った発想や、選手とフロントの新しい職場環境も求められる。球団経営でも働き方や人材育成の改革は重要な課題だ。

(花井悠希)

[日経電子版 2022年04月02日 掲載]

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