
キャリア支援サービスを手掛けるポジウィル(東京・港)の代表の金井芽衣さんは、転職を検討する前提として「自分はどうありたいか」というビジョンを明確にしておくことが大切だと語る。ただ、不確実性が高い未来についての見通しを立てるのには難しさも伴う。どんな手順で考えていけばいいのか。ビジョンをどう行動に落とし込んでいくのか。キャリアアップに不可欠な思考法について語ってもらった。
未来を考えるヒントは過去にある
――「自分がどうありたいか」を見極めるにはどのようにアプローチしていけばいいのでしょうか。
今の自分を起点に未来を考えようとすると、うまくいかないことも多いと思います。実は未来を考えるヒントは過去にあります。例えば今、職場の上司との関係がうまくいっておらず、困っているとします。漠然と「これからどうする?」と自分に問いかけてみても、なかなか良い答えは浮かんできませんよね。「こんなことさえ決められないなんて。自分は駄目な人間だ」などと結論付ける前に、過去にも同じような経験がなかったかどうかを振り返ってみてください。
もしかすると、あなたは元来、物事の進め方について「こうしなさい」と頭ごなしに押し付けられるのを嫌う性格だったかもしれません。その場合、「上意下達」が当然の組織に身を置いていたら、周囲と衝突しやすくなるのは当然です。転職するならフラットに意見を交わし合える環境を選んだ方がいいでしょう。
あるいは、いま取り組んでいる仕事が向いていない場合もあると思います。学生時代から細かな作業が苦手だった人が、膨大なデータ管理の仕事などを任されているとしたら、どうしてもミスが出ます。苦手なことを頑張っても、それがもともと得意な人に追いつくには時間がかかります。上司からの印象も悪くなりがちです。この場合は転職の際、職種転換を検討する必要がありそうです。
このように、今の自分が「つらい」「嫌だ」と感じることの背景を逃げずに分析してみると、「自分は本来こうありたかったのだ」という願いが見つかります。次のキャリアはその願いをかなえるにはどうしたらいいかという視点で考えていくのが正攻法です。
――キャリアアップに成功したユーザーの事例はありますか。
不動産会社で働いていたある女性は人材会社への異業種転職を成功させ、年収が150万円ほど上がりました。自身のキャリアアップ志向に気付き、実績に基づいた評価が得られる環境へと身を移した結果です。
化粧品会社の販売部員で年収250万円だった女性は、同じ美容業界で1度転職。顧客の要望に合わせたサービスプランを提供する営業要素の強い職務を経験しました。そこから2度目の転職に挑戦し、念願だった営業への職種転換をかなえ、年収も70万円ほど上がりました。本人の希望だったとしても、新しい職場で未経験の仕事にいきなり挑戦するとなると大変です。だから1度の転職で目標を達成できなくても構わないと思います。望むキャリアをイメージした上で、足りないスキルや経験を取りに行く意識が大切です。

――足りないスキルを取りに行く方法として「学び直し」も注目されています。
有効な場合もありますが、リスクもあります。昨今、英語やウェブデザイン、プログラミングが「自分の市場価値を高めるスキル」として称揚される傾向が見られます。ただ、「とりあえず学んでおけば役に立つだろう」という安易な姿勢でお金や時間を投じるのはお勧めできません。
キャリアスクールに多額の入学金や授業料を払ったのに、仕事の幅を広げたり、収入を上げたりできるレベルまでのスキルは獲得できず、自信を失った状態で当社に相談に来るユーザーが増えています。「思い切って投資をしたのに、結局はモノにできなかった自分」を責めてしまうのです。
本当に自分に必要なスキルなのか
でも、できなかったのはその人が駄目だからではない。プログラミングもデザインも「向き」「不向き」があります。「これさえ学べば人生が輝く」という他人の言葉に踊らされないでほしい。「本当に自分に必要なスキルなのか」「数ある選択肢の中で、自分があえて今、投資すべき先なのか」といったことをよく吟味すべきだと思います。そこの目的意識さえしっかりしていれば、学びに対するモチベーション(やる気)も上がり、結果につながりやすくなるはずです。
希望年収の高め設定 求職者にプラスとは限らず
――中途採用選考の過程で、現在の年収と希望年収を質問されることがあります。その際の交渉の仕方次第で、もらえる年収が上がる可能性もあるのでしょうか。
現職で年収400万円の人が「年収500万円にしてもらわないと入社の申し出を受けない」といった交渉をするということですよね。これまでの職務経歴、そこで得た知見とスキルを生かして具体的にどんな貢献ができるかを説得力のある形で示せれば、十分にあり得ると思います。ただ、安易に希望年収を高めに言うのは求職者側にとってプラスになることばかりではないと考えます。私は今、経営者として自社の採用面接に臨みますが、一定以上の役職に就く可能性のある応募者に対しては「現在の年収にかかわらず、希望年収は自分で設定してくれていい」と伝えます。自分の仕事に自分で値付けをしていいということです。

ただし、これは提示した金額分のミッションを達成する責任を負うこととイコールです。単純化していえば、年収600万円の人は年収300万円の人2人分以上の貢献ができなければいけないわけです。
その覚悟がないまま、多少高い年収で入社できたとしても、期待された働きができなければ職場で評価を得られません。長期的観点ではキャリアにマイナスの影響を与えてしまうかもしれません。定期的に自分のスキルセット(仕事をする上で必要な個人の能力や資質、経験などの組み合わせ)を見直し、キャリアプランと照らし合わせていく作業が不可欠だと思います。
(ライター 加藤藍子)
金井芽衣(かない・めい)
1990年群馬県生まれ。保育系の短期大学を経て、法政大学キャリアデザイン学部に編入し、宮城まり子教授の下、キャリアカウンセリングを習得する。 2013年にリクルートキャリアに入社し、人材紹介部門の法人営業として勤務。 17年4月に退職し、同年8月にポジウィルを設立する。国家資格キャリアコンサルタント。
[NIKKEI STYLE キャリア 2022年01月12日 掲載]