
年収が上がれば、幸せに働けるのだろうか。今の職場でやりがいを実感できない自分はどうすべきなのか――。悩みを抱える多くのビジネスパーソンと向き合ってきたのが、キャリア支援サービスを手掛けるポジウィル(東京・港)の代表の金井芽衣さんだ。同社のサービスはユーザーの自己分析や転職活動にトレーナーが長期にわたって伴走するのが特徴。料金は33万円(35日間)~66万円(75日間)で安価とはいえないが、支援後の満足度評価の平均は10段階のうち8.7(2021年3~8月平均)と高い水準だ。ユーザーの傾向からみる転職を検討する上で欠けがちな視点とは何か。
――ビジネスパーソンにとってキャリア相談が必要だと思うのはなぜですか。
大手人材会社で働いていた20代半ばごろ、私自身がキャリアに悩んだ経験があり、キャリアコンサルタントの資格を取得しました。自ら事業を起こしたいという思いが生まれ、2017年に独立。SNS(交流サイト)で「キャリア相談に乗ります」と告知してみたところ、「ぜひお願いしたい」というメッセージが殺到したのです。
現状を肯定できないのは「他人と比べるのをやめられないから」
まず、希望者の数に驚きましたが、カウンセリングを重ねていく中で意外だったことがあります。それは年収1000万円以上の高所得層であっても、自分のキャリアに満足できていない人が多いという現実でした。有名大学を卒業して大手企業に勤めていたり、外資系企業で活躍して年収2000万円以上を稼いでいたりと、輝かしい経歴を持っている。能力が高く、選択肢もたくさんある。それなのに現状を肯定できないのはなぜなのか。
話を聞くと、他人と比べるのをやめられないことが背景にあると分かりました。「自分自身がどうありたいのか」を明確に描けないままキャリアを積んできたから、自分より高収入の人や、独立して自由に働いているように映る人を見て、不安になってしまうのです。能力と可能性にあふれた人たちが、それを存分に発揮できない状態に陥っているのは社会にとってもったいないと思いました。経験を棚卸しして自分の内面と本気で向き合うのは、1人ではなかなか大変な作業。だからこそ、私たちのサービスに存在価値があると確信しています。
20~30代の不満、「能力に応じた挑戦の機会がない」
――年収1000万円未満の層の悩みに特徴はありましたか。
目の前の仕事をこなすのに精いっぱいで、キャリアアップにまで意識を回す余裕がない人もいます。一方、年収400万~600万円くらいの中堅層では「自分は勤め先から正当な評価を受けていないのではないか」といら立ちを抱えている人が多いと感じました。年収は業種や職種、企業の規模に左右されます。ビジネスパーソンとして高いスキルを持っている人でも、環境によっては働きに見合った報酬を得られていないケースもあるでしょう。年功序列が根強い日系大手企業の20~30代からは「能力や意欲に応じた挑戦の機会が与えられない」という不満の声がよく聞かれます。
そうすると頭に浮かんでくるのが転職や副業、独立といった選択肢です。しかし、ここでも「自分はどういうキャリアを実現できれば満足できるのか」という根本的なポイントを押さえられているかが重要になります。どんな道に進んだとしても、その選択に対して自分自身が納得できていなければ、壁にぶつかるたびに後悔することになるでしょう。

――金井さんは転職エージェントで勤務していた経験もあります。エージェントが無料で実施するカウンセリングでは不十分でしょうか。
働き手がはき違えてしまっているケースもあるのですが、転職エージェントの目的は転職を希望する人に対して仕事を紹介することです。カウンセリングはその人自身が仕事に何を求めているのか、これまでの経歴から何ができる人なのかを言語化していく場です。具体的にはエージェントに登録するとまず、転職市場の状況や過去のデータに照らし、「紹介できる求人があるかどうか」を判断します。今の時代、20代で複数回の転職をしていることは珍しくないですが、状況次第ではスキルがあっても「紹介できる案件がない」と言われることもあります。エージェントを介さない転職や独立なら十分に成功する人であっても「市場価値がない」と決め付けられ、相談さえできないことがあるわけです。
自分が欲しいものを明確にする準備が大事
また、企業に応募し、選考が進んでいくと、内定を承諾するか否かの返事を短期間で求められるケースも多いです。「転職という選択が本当に最適なのか」を落ち着いて考える機会や、「他企業も見た上で決めたい」などと迷っている時間は大抵の場合、与えられません。

――「何を実現したくて転職するのか」が明確であって初めて、エージェントの有効活用も可能になるということですね。
その通りです。その方がエージェントも最適な求人を紹介できるので、ウィン・ウィンの関係を築けるのではないでしょうか。例えば「年収を上げたい」という感情1つを取ってみても、背景には保守的な職場で昇進が望めないことへの不満が隠れているかもしれません。あるいは長時間労働で自分の時間をほとんど持てないことが苦しく、現在の収入では割に合わないと感じている可能性もあります。
当社サービスのユーザーを見ても、年収を上げることだけを目的に転職を検討する人は少ないです。自分が欲しいものを明確にするという「準備」がとにかく大事ですね。
(ライター 加藤藍子)
金井芽衣(かない・めい)
1990年群馬県生まれ。保育系の短期大学を経て、法政大学キャリアデザイン学部に編入し、宮城まり子教授の下、キャリアカウンセリングを習得する。 2013年にリクルートキャリアに入社し、人材紹介部門の法人営業として勤務。 17年4月に退職し、同年8月にポジウィルを設立する。国家資格キャリアコンサルタント。
[NIKKEI STYLE キャリア 2022年01月05日 掲載]