
東京エレクトロンは半導体装置の旺盛な需要を受けて、連続最高益が視野に入る。2022年3月期には連結売上高純利益率も21%になる見込みだ。収益性では国内同業でもトップ群だが、海外大手との差はなお残る。半導体技術の進化が加速する中、今後の利益率改善を左右する要素が人工知能(AI)人材への投資だ。
「半導体に関する知見は一切不問!異業界の方歓迎!」。東京エレクトロンが3月19日に開く半導体の製造データを使った分析コンペの募集の文句だ。目下、AIやビッグデータ処理の分野の人材獲得に力を入れる。データ分析やAI開発などの専門人材を24年3月期までの2年で現在の2倍強にあたる約1000人まで育て上げる計画も掲げる。
AIを活用すれば、新しく立ち上げる工程でも半導体材料の選定や製造条件の最適化などに使える。エンジニアが地道に探していた条件を瞬時に割り出すことも可能だ。顧客工場で稼働する装置のデータを集めて、遠隔から安定稼働を支援するサービスも提供する。
AIは研究開発(R&D)や生産、販売・サービスなど各領域で効率化を後押しし、利益率改善の原動力となる可能性を秘める。
AIへの資源投下の背景には、海外の半導体装置メーカー勢に見劣りする利益率への危機感がある。QUICK・ファクトセットで税率差を考慮せずにすむEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の21年1~12月の実績を集計すると、対売上高比率は海外勢が優勢だ。米アプライドマテリアルズ(33.6%)、米ラムリサーチ(33.4%)、オランダASML(37.6%)を、東京エレクトロン(30.7%)が追いかける。
収益性の差は売上高原価率の違いに表れる。21年はASML(47.3%)やアプライド(52.4%)、ラムリサーチ(53.8%)は、東京エレクトロン(55.6%)に比べて低い。海外勢は売上高規模の差だけでなく、主力装置で高い寡占度を占め、運用サービスと合わせて製品あたりの付加価値を高めている。

寡占を支えるのは突出した技術だ。ASMLは最先端半導体の製造に欠かせない「EUV(極端紫外線)露光装置」で日本勢が開発で脱落するなか投資を続けて、供給できる唯一の装置メーカーとなった。
ラムリサーチは化学反応を利用して微細な回路を形成する「エッチング装置」の中で市場シェアの約半分を握る。特に高精度で複雑な工程に強く、微細化を求められる先端半導体の製造工程では敵なしの状態だ。
ASMLが9割近いシェアを持つ露光装置は20年の市場規模が130億ドル(約1兆5000億円)以上ある。ラムリサーチが5割のシェアを持つエッチング装置市場規模も同規模の約130億ドルと大きい。
一方、東京エレクトロンが9割のシェアを持つ塗布現像装置や5割のシェアを持つ一部の成膜装置は、市場規模が20億~30億ドルほどと相対的に小さい。シェアの低い装置市場では厳しい価格競争にさらされる。規模の大きい市場で寡占的な地位にあるASMLやラムリサーチに比べ、東京エレクトロンが利益率を向上するのは容易ではない。

半導体の製造工程は今、2次元の微細化だけでなく、トランジスタ(素子)やチップの構造を変える3次元化も進み、変革期にある。ゴールドマン・サックス証券の中村修平アナリストは「先端半導体ではトランジスタ構造の変化などで装置のシェアが変わる可能性がある」と指摘する。
「新しい技術要求があれば、実績より実力が重視される」。東京エレクトロンの和久井勇執行役員はシェア伸長の好機と語る。実際、東京エレクトロンは積極的に先行投資を続けている。21年の研究開発投資は約14億ドルと17年から6割伸びた。ただ、会計基準が異なり単純比較はできないものの、ASMLは年30億ドル、アプライドは25億ドルと競争相手も投資の手を緩めていない。
それだけに、当面の利益率改善にはAIを活用した現状の事業モデルの進化が欠かせなくなる。例えば、先端半導体の製造を想定した成膜工程の条件検討では、これまで人が3週間以上かけて評価していたレシピを、AIが1日で達成した事例もある。開発を効率化してコストを減らせる。

東京エレクトロンは祖業が商社ということもあり、顧客支援を通じてニーズをいち早くつかむマーケティング力を得意としてきた。この独自の強みにAIを通じた解析力を加味し、顧客ニーズを製品や販売サービスにより素早く反映して、競争力を高める青写真を描く。河合利樹社長は「技術力には自信があり、手掛ける製品でシェア1位になるように目指している」と話す。
ただ、AIなどを扱える高度人材の獲得の競争は厳しさを増している。東京エレクトロンの従業員の平均給与は5年で30%増え、21年3月期に1179万円となった。海外の半導体装置大手が開示する平均給与は、単純比較できないもののアプライドは約1200万円、ASMLは約1560万円と高水準だ。
東京エレクトロンは顧客に対する綿密な営業で得たデータや、AI分析を利用し、独自性の高い商品・サービスで競争力を高めようとしている。優秀な人材はその源泉だ。海外大手との利益率の差を埋めていくには、短期的な利益の押し下げ要因になっても、先端開発や事業モデルの進化を担う人材への投資が必要となる。

[日経電子版 2022年03月16日 掲載]