外資系コンサル→VC→長野自治体 お金以外の幸せある

A.T.カーニー 滝健太郎プリンシパル

業務や職種、領域などを「越境」することで身に付けた多様なスキルや経験がどのように生きたか(写真はイメージ=PIXTA)
業務や職種、領域などを「越境」することで身に付けた多様なスキルや経験がどのように生きたか(写真はイメージ=PIXTA)

社会で活躍する若手リーダーたちのキャリア形成術について、経営コンサルティング会社、A.T.カーニーの滝健太郎プリンシパルが「創造と変革のリーダー」へのインタビューを通じ、解き明かします。今回は外資系コンサルティング会社やベンチャーキャピタル(VC)を経て、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で世界の次世代リーダー50人に選ばれ、現在は長野県小布施町で総合政策推進専門官を務めている林志洋氏を招き、業務や職種、領域などを「越境」することで身に付けた多様なスキルや経験がどのように生きたかを紹介します。

――外資系コンサルからVC、さらには小布施町というのは珍しい経歴です。どうして同町に移住を決めたのですか。

林氏 町外の人が町に提言する「小布施若者会議」というイベントの参加者として、2018年に初めて小布施町を訪れました。そこで栗の皮からバイオ燃料を作るというアイデアを提案したところ、町からも後押ししてもらうことになりました。実践に向けて小布施町に通い始める中で、ボトルネックは町の環境政策にあることが見えてきました。

ちょうど、「未来のビジョンを起点に町民と一緒に政策を作り込む」という面白い取り組みが始まったタイミングだったので、そこにファシリテーター(促進役)として参加するようになりました。2020年1月にその政策が公表されたのですが、絵に描いた餅にしたくなくて。特に、環境問題で二酸化炭素(CO2)を○%下げますという理論値はあっても、それをどう実現するのかというところが重要なのに、誰もそこをやりたがらないところにモヤモヤを感じ、自分自身が本腰を入れようと思って移住したという経緯です。

――林さんのキャリアを見ると、グローバルとローカルの極を行き来しているように見えます。学生時代から北京、ソウル、シンガポールという経歴を歩み、日英中韓の4カ国語を話せ、ダボス会議で活躍していた方が小布施町という超ローカルに移住というのが面白いと思いました。

林氏 これまでグローバル志向で来たというのは正しいです。ただ、外資系コンサルやダボス会議に行っても結局はグローバルという市場は存在しなく、どこまで行ってもローカルの集合体なので、ローカルを変えないとグローバルが変わらないと思ったのです。

官民の観点を併せ持っているのが強み

――グローバルを突き詰めたら、ローカルにボトルネックがあることに気づいたということですね。そして、町役場(官)で働きながら、民間事業者(民)でもあるという越境キャリアです。

林氏 官の観点と民の観点を併せ持っているということが強みだと思っています。まちづくりの過程でも自身が民間で苦労したからこそ、必要な政策が見えてきて役立っています。

――「グローバル→ローカル」「民→官」と越境を続ける林さんですが、逆に変わっていないものはありますか。

林氏 学生時代から変わっていないものは「イノベーション(革新)を通して、新陳代謝が活発でずっと良くなり続ける社会を作りたい」という思いです。大学院時代にイノベーションの研究をしていたのですが、イノベーションが起きるためには課題やテーマを見つけ、アイデアに落とし込み、社会で実現するという3段階が必要です。これが社会で起き続けるため、自分自身が事業を作り、社会でイノベーションが広がり続けられるように仕組みを作るという意味で、公共政策に注力しています。

イノベーションという軸は一貫

――だから、民も官も大事なのですね。確かに、林さんは「グローバル→ローカル」「民→官」と越境を続けているように見えて、実はイノベーションという軸は一貫しています。何が原体験なのでしょうか。

林氏 留学先のシンガポールでリー・クアンユー元首相が「日本みたいな失敗国家は作らない」という演説をしていたことです。彼はもともと「日本を見習おう」と言っていた人です。日本だけが置き去りにされると思えるような状況で、何とかシンガポールと日本をつなげなければならないと思い、起業が盛んなシンガポールと日本の起業家が国際交流をするNPO(非営利組織)を立ち上げました。キャリアとして最終的に大手企業に就職するかどうかは別にして、どのような立場でも常に新しい価値を作り続ける人が増えれば、世の中がちょっと面白くなるんじゃないか、日本の停滞感も変わっていくんじゃないかと。

――その経験で学んだことで、今に生きていることは何でしょうか。

林氏 お金が介在しない組織をマネジメントすることです。お金をもらっていたら、「給料をもらっているんでしょう」というのが成立してしまうし、指揮命令系統も存在するけれど、お金が介在しない組織マネジメントは難しいんですね。そこをいかに自分にとっても相手にとっても持続的で、やりたい部分が合致する「ウィンウィン」の部分を見いだし、自主性を引き出す形で仕事を割り振るかということを5年以上ずっと考え続けていました。これは小布施町で様々な立場の町民や外部パートナー企業と協働する上で役に立っています。

―――林さんは小布施町以外でも経済産業省でのスタートアップ企業政策や資源エネルギー庁でのクリーンエネルギー政策の仕事など、面白い仕事をいろいろとしています。こういった仕事で声がかかるようになってきたのはなぜでしょうか。

林氏 大事なことは自分がやりたいことを言語化し、他人に発信することです。私は「世界約80億人をアントレプレナー(起業家)にしたい」と言い続けています。発信をきっかけに来る情報の中で興味がありそうな仕事にはとりあえず全て手を伸ばしています。それを可能にしてくれたのが自分で会社を持ち、業務委託でいろいろな仕事ができる身分にしたことです。

お金以外の幸せはたくさんある

――興味があることを全部やってみるというのは難しいことです。失敗するリスクもあるし、収入も気になります。どうしたら自分の気持ちに正直になれるのでしょうか。

林氏 お金以外の幸せのパラメーターがたくさんあることに気づくことが大事です。例えば私の場合、小布施町で暮らすことが幸せに直結しています。家も大きいですし、食の町なので食べ物もおいしいですし、人口1万人で半径2~3キロメートル以内に「食べログ」の評価3.5以上の店が10軒以上あります。働く時間も自分でコントロールできます。

いかがでしたでしょうか。林さんのキャリア選択を振り返ると、以下のような特徴(図表2)がありました。

林さんは「グローバルとローカル」「官と民」を行き来しながらも、イノベーションというブレない軸を持ち、それを言語化して発信し続けることで、個としてのキャリアを確立してきました。そして、お金以外の幸せのパラメーターに気づくことが自分の人生を自分でコントロールする秘訣と言えそうです。

滝健太郎
東京大学経済学部卒。生まれてこのかた日本は低成長で、バブル時代を知らない世代。A.T.カーニーのリーダーシップグループの一員として「日本の課題解決先進国化」に挑む。「創造と変革のリーダー輩出」のための社内の各種キャリア形成セミナーを主催。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年12月15日 掲載]

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