日本の転職市場が変わってきた。起点となっているのがスタートアップだ。大企業からの転職者は3年前に比べて7倍に増えた。スタートアップが成長に必要な人材を好待遇で採用するようになり、帰属意識が強かった40歳以上にも動きが広がる。人材の再分配と適材適所が進めば、産業の活性化にもつながる。
瓜生美奈子さんは2021年、創業7年で不動産の営業支援システムを開発するハウスマート(東京・中央)に転職した。システム会社での経験を生かし、チャットを使った顧客対応の仕組み構築に取り組む。40歳を超えての転職だったが、「経験を生かしながら新しい事に挑戦でき、収入は1割程度上がった」。
エン・ジャパンが運営する若年層向け転職サイト「AMBI(アンビ)」では、21年4~9月に大企業からスタートアップに移った件数が、18年4~9月比で7.1倍となった。全体の転職者数の伸び(3.8倍)を大きく上回る。全体に占める比率も21.4%と3年前より約13ポイント上昇している。

日本は戦後の高度経済成長を支えてきた新卒一括採用、終身雇用制度がまだ残る。20年時点の日本の労働者の平均勤続年数は12.5年。4年前と比べて0.2年短くなったが、米国の4.1年、英国は8.6年などと比べて長い。
ただ新型コロナウイルス禍で経営難に陥る大企業を見た若者の「安定志向が変わり、早くスキルを身に付けられるスタートアップ志望が増えている」(エン・ジャパン)。
人材の大企業偏重が変われば、企業の新陳代謝につながる。きっかけとなる転職の背中を押すのが待遇改善だ。

スタートアップは必要な人材に好待遇を提示する。医療関連のUbie(東京・中央)は製薬企業向け事業を担う人材を求め、外資系コンサルティング会社出身者など「1000万円を大幅に上回る年俸で入社した人もいる」。
スタートアップの求人のうち年収1000万円超は2割を超え、上場企業(1割強)を上回る。既存の給与制度に縛られる上場企業に比べ、スタートアップは機動的な投資で、必要な人材を確保している。
アンビによると、スタートアップが提示した平均年収は21年4~9月に804万円と4年前より2割上がった。上場企業の平均も上がっているが、差は当時の38万円から15万円まで縮まった。
賃金のフラット化で「大企業に残り続けるメリットが減り、スキルがあれば転職しやすくなっている」(リクルートワークス研究所の茂木洋之氏)。リクルートの調査では転職後に賃金が1割以上増えた人は21年10~12月に31.5%と、コロナ禍前の2年前より1.9ポイント上昇し、過去最高となった。

長年唱えられてきた転職の「35歳限界説」にも変化がみられる。21年の転職決定者のうち、40代は34%と20代を上回る。40代以上のミドル層は48%と半数に近づく。
豊富な経験を持つミドル層が、若手中心のスタートアップに加わることで成長が加速する可能性も高まる。
AI活用のカメラを開発するアウル(東京・千代田)は21年11月までに、パナソニック出身の人材を計5人採用した。16年創業だが「会社を次の段階に上げるために、ベテランの知恵を借りるのが一番の近道」と考えた。採用した58歳の内田義人さんはパナソニック子会社で社長も務めたベテランだ。
米国は18~19年に年平均で約2割の人が職を替えた。「衰退する産業から成長する産業へと人材が回ることで経済が成長していく」(東京都立大学の宮本弘暁教授)。転職が活発になれば、日本の再成長のきっかけにもなる。
(新興・中小企業エディター 鈴木健二朗、仲井成志、グラフィックス 荒川恵美子)
[日経電子版 2022年03月06日 掲載]