プロ経営者というと大企業で最高経営責任者(CEO)などの要職につく男性のイメージが強いが、女性でもスキルや能力が認められて経営幹部として会社に迎えられる人材はいる。女性の経営トップも珍しくない欧米企業の背中はまだまだ遠いが、日本にも着実に女性プロ経営者の層が育っている。
プロ人材採用支援のビジョナル最高財務責任者(CFO)の末藤梨紗子氏はスキル志向でキャリアを広げてきた。振り出しは2004年に新卒で入社した外資系モルガン・スタンレー証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)。実力主義の外資系でスキルを早く身につけ、金融の力で持続的社会をつくりたいと思ったのが志望動機だった。
同社で企業M&A(合併・買収)の助言業務にかかわった。「多様なデータを整理しロジカル(論理的)に答えを出す方法を学んだ」。より広い実務経験を求めて10年にゼネラル・エレクトリック(GE)に幹部候補生として転じると経営戦略やマーケティングを任せられた。「ファイナンスと事業の両方を学べた」
19年にビズリーチ(現ビジョナル)社長に請われて入社。CFOとして昨年、同社を東証マザーズ上場に導いた。働き方改革の進展で人材採用支援ビジネスには追い風が吹く。「ステークホルダー(利害関係者)のために企業成長を実現するのが務め」と話す。

三菱ケミカルホールディングスの市川奈緒子執行役員が社会人になったのは1981年。当時は営業志望の女性を採用してくれる会社がなかった。やっと見つけたのが中堅電子楽器メーカーのコルグ。中堅だから逆に「20代でも経営が見えた」。外資系などを経て現在の三菱ケミカルでは事業開発を担当する。
女性のプロ経営者といえばダイエーなど大企業の経営職を経て横浜市長を務めた林文子氏や、ベルリッツコーポレーションCEOなどを務めた内永ゆか子氏らが挙げられる。後に続く「第2、第3世代の女性たちはCFOやCMO(最高マーケティング責任者)といった各分野の最高責任者『チーフオフィサー(CxO)』に就く例が多い」と人材コンサル会社、ハイドリック・アンド・ストラグルズの渡辺紀子氏は分析する。
欧米の女性経営者たちも当初はCxOとして専門分野で頭角を現し、CEOへの階段を上っていった。「今後は日本の女性も上に行くのが当たり前という意識が必要」と渡辺氏は助言する。
NECグローバル部門の青山朝子CFOは公認会計士資格を持つ。監査法人、外資系金融会社を経て04年に外資系の日本コカ・コーラに。11年に国内ボトラー会社に転籍し、取締役兼CFOとして日本のコカ・コーラの経営課題、国内ボトラーの再編を進めた。NECには20年に入り、海外子会社のガバナンス強化などに取り組んでいる。
経営者の原点はコカ・コーラ時代だ。情報システムの立ち上げを任されたがトラブルが多発。青山氏は連日、指示を飛ばしたが事態はいっこうに好転せず現場は疲弊しきった。1人の部下が言った。「青山さん、状況を分かっていますか。あなたが問題なんです」
「多くのことを一度にやろうとしていた。優先順位をつけることの大切さを教えてくれた」と振り返る。
女性プロ経営者の層が厚みを増す背景には、活躍の舞台が広がっている点がある。昨年6月に改定されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)は企業の中核人材の多様性確保のため「女性・外国人・中途採用者の管理職への登用」を求めた。取締役のダイバーシティは以前からコードに含まれていたが執行部にまで踏み込んだ。企業は対応を迫られている。
だが一方で、女性には出産というライフイベントがある。日本の経営陣に女性が少ない理由の一つとして、出産や育児などによるキャリア形成の中断が挙げられる。プロ経営者予備軍ともいえる女性たちは、その危機をどうくぐり抜けてきたのか。
「ずっと働きたいとの思いでその時その時にできるオプションを選んできた」と語るのは元ドワンゴ取締役CFOで投資ファンド、IAパートナーズでマネージングディレクターを務める小松百合弥氏だ。上場企業2社の社外取締役でもある。
1986年に新卒で野村証券に入社し、株式調査を担当した。当時は「寿退社」が当たり前で結婚を機に野村を辞めたが、それでも働きたいと、10社以上を渡り歩いてきた。
転機は93年。夫の転勤で渡米すると、翌年の秋にはニューヨーク大ビジネススクールに入学しMBA(経営学修士)を取得し幅を広げた。コンサル時代の上司の招きで13年に参画したドワンゴでは取締役CFOとして合理化を取り仕切った。「女性は結婚・出産で出遅れるかもしれないが、働き続けてさえいればいずれ取り戻せる」と話す。
西友の石谷桂子マーケティング本部長はP&G時代に妊娠を報告した際、カナダ人の上司からの言葉が忘れられない。「おめでとう。でも辞めるつもりはないよね」
「この言葉で肩の荷が下りた。ダイバーシティってこういうことなのだと感じた」。夫を日本に残し、幼い子供2人を連れて米国に赴任。ヘルパーを雇い、仕事と育児を両立させた。
P&Gジャパンではマーケティング担当執行役員に就任。同社退職後、UCC上島珈琲常務取締役にも就いた。「できない理由ではなく、どうやったらできるかを常に考えてきた」と話す。
数合わせから実力主義へ
昨年改定されたコーポレートガバナンス・コードの目玉は気候変動への取り組み強化とダイバーシティ。後者のダイバーシティでは「女性・外国人・中途採用者」の管理職登用を求めた。外部人材に頼りすぎると生え抜きの士気をそぐ恐れもあるが、人材の多様化なしに中長期的な成長は望めないというメッセージだろう。
女性登用も単なる数合わせではなく、実力・能力本位が一層進むことになる。終身雇用、生え抜き重視など古い日本型経営に慣れてきた企業には重たい課題だが、企業風土を変え競争力を高める好機だととらえたい。
(木ノ内敏久)
[日経電子版 2022年03月07日 掲載]