
企業とビジネスパーソンのリスキリング(学び直し)への関心が高まっている。企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の流れの中、人手不足が続く「DX人材」への転換を目的に取り組み始めている。一方、ビジネスパーソンは新型コロナウイルス禍で普及したリモートワークによって生まれた空き時間を使い、仕事に役立つリスキリングに取り組む人が増えつつある。DX人材向けのリスキリングとは別に、日々の業務をレベルアップするリスキリング事情を紹介する。
動画を購入してビジネススキルを学ぶ
オンライン動画学習サービスである「Udemy(ユーデミー)」では、世界で講師6.5万人が18.3万の講座を提供し、4400万人が利用する。日本でのUdemy事業を担うベネッセコーポレーションの大学・社会人事業開発部部長でUdemy事業責任者の飯田智紀さんは「コロナ禍以降、ユーザーが増えました。ベネッセで実施したオンライン学習者を対象とした調査では、特に女性と20代の若年層がオンライン学習を新たに始めたようです。また、これまで利用する時間のなかった人たちがリモートワークでできた時間を利用していると思われます」と説明する。
サービスサイトのトップ画面には「みんなのAI講座 ゼロからPythonで学ぶ人工知能と機械学習」「ゼロから始めるデータ分析 ビジネスケースで学ぶPythonデータサイエンス入門」などの講座タイトルが並ぶ。それとは別に、エクセルやプレゼンテーション資料作成、会議術、仕事術などのビジネススキル講座も人気講座になっている。

法人向けのオンライン動画学習サービス「Udemy Business」の2021年8~9月の人気講座は「個人の生産性」に関するもの。具体的には「タスク管理」や「行動管理」など仕事術に関する内容で、日々の仕事の生産性を高める講座だ。リモートワークの増加によって、より高い成果を求められる働き方に対応する姿勢がうかがえる。
Udemyの特徴は、企業の第一線で働くビジネスパーソンや起業家、大学教員らが講師として動画を作成し、学びたい人が講座を購入するというCtoC(個人間取引)ビジネスであること。Udemyとベネッセはプラットフォームの運営者という役割で、実際に動画講座を提供するのは講師たちなのだ。各業界の専門家が世の中のニーズに合わせて迅速に講座を投入するので、コロナウイルス感染が拡大し、リモートワークが広がった際にも「リモートワーク会議術」などの講座がいち早く公開された。
各講座はサブスクリプション(定額課金)ではなく、前払いで購入する形式だ。購入後は期限なくいつでも視聴することができる。金額は無料から2万4000円まで。定期的にセールが開催され、9割引といった格安講座も出ることがある。
コロナ禍に転職した女性は、転職前にUdemyで基礎的なパソコンスキルの確認とレベルアップを図ったという。「プレゼン資料の作成術とエクセルの講座を受けました。ランキング上位の中から割引になっていた講座を選びました」と話す。
Udemyの活用法について、飯田さんは次のような使い方を勧める。
「講座を選ぶ際には、レビューやプレビュー機能を使って購入前に自分のニーズに合うか合わないかをチェックしてください。講座をよく使っているユーザーは、家事や仕事の合間などのすきま時間を使って学ぶ『スナックラーニング(スナック菓子を食べるほどの短い時間を使って学習するという意味)』をしています。動画を倍速で見たり、学びたい部分だけを見たりといった辞書代わりとしての使い方もおすすめです」
Udemyにはビジネススキルだけでなく、「音楽」や「写真」「デッサン」などのカテゴリーもあり、仕事から趣味まで多彩な講座がそろっている。ビジネススキルアップに疲れたら趣味の講座を楽しむといった利用法もいいだろう。
アプリで英語を自学自習、ビジネスシーンを再現
ビジネスパーソンが学び直しとして取り組むスキルのうち、最も多いといわれているのは英語だ。ビジネスのグローバル化や英語力を昇進要件にするといった企業が多いことなどから、英語を学ぶビジネスパーソンは多い。特にコロナ以降、eラーニングやアプリを使った英語学習者が増えている。
アプリでビジネス英語を学べるのがリクルートの「スタディサプリENGLISH」。同サービス企画担当の富田恭平マネージャーは「コロナ禍によって英会話教室などで学んでいた人たちがオンラインに移行してきました」と説明する。「スタディサプリENGLISH」の累計ダウンロード数は509万(20年12月時点)、19年12月時点の388万から、コロナ禍の1年で121万もダウンロード数を増やしている。
「スタディサプリENGLISH」は初心者向けの「新日常英会話コース」、ビジネスパーソン向けの「ビジネス英語コース」「TOEIC L&R TEST対策コース」の3コースを用意。ビジネス英語コースの利用者は普段から仕事で英語を使っている人や将来的に英語を使いたいビジネスパーソンが多く、TOEICレベルは平均700点ほどだという。

「ディクテーション(聞き取った英語を書き取る練習法)」や「シャドーイング(聞き取った英語のあとを追いかけるように発音する練習法)」といったリスニングを強化するトレーニングが提供されている。人工知能(AI)を用いて発話内容を自動評価してくれる、「リード&ルックアップ(1文を読んだ後、文から視線を外してその文を音読する練習法)」といったスピーキングを強化するトレーニングもあるという。すきま時間を使って学習しやすいよう、1回3分程度の講座を用意している。
打ち合わせやプレゼン、交渉など、様々なビジネスシーンをリアルに再現し、学習した言い回しをそのまま使えるのも強みの1つ。「ビジネスシーンはテレビドラマ『下町ロケット』を手がけた脚本家が担当。すぐに現場で役立つフレーズを使って学べるようにしています」(富田さん)
アプリで自学自習するのに加え、オンライン英会話レッスンを受けることもできる。月に4回までの事前予約制のレッスン(1回25分)と、予約不要、回数無制限のレッスン(1回5~25分)を受けられる。
自宅で英語を学んでいる人からは「自分が英語学習している姿を見た子供が、英語に興味を持つようになった」といった声も聞かれる。申し込み月翌月の継続率が90%を超えていて、継続して学習に励んでいるビジネスパーソンが多いという。
アプリで自学自習する「ベーシックプラン」は月額3278円、外国人講師のオンライン英会話が受けられる「英会話セットプラン」は月額7128円。リクルートは法人向けサービスも用意し、現在500社以上が法人契約をしている。法人を対象に、22年4月入社の新卒対象の無料キャンペーンも実施中だ。
数字・数学アレルギーを学び“治し”
予算作成や価格交渉、市場予測など、ビジネスシーンでは日常的に数字(数学)を使っているだろう。ところが、「数字が苦手」という人は多く、歯がゆさを覚えたり、不安を抱えたりしながら、日々、数字と格闘しているかもしれない。
公益財団法人日本数学検定協会唯一の公認研修サービス提供会社、オルデナール・コンサルティング合同会社代表の長谷川正恒さん(同協会認定の「ビジネス数学インストラクター」)は、ビジネスパーソンの数学学習状況について次のように話す。
「数字が苦手な人は、中学や高校の学校の数学でつまずき、数字・数学アレルギーになってしまっています。その経験から仕事で使う数字も苦手だと思っている。ところが、ビジネスの数学と学校数学は全く違います。公式を覚えたりするのではなく、例えば、目的に合わせて必要な数字をどのように見せるかなどのポイントをつかむことで、苦手意識の克服につながります」
長谷川さんは、ビジネス数学には「把握力」「分析力」「選択力」「予測力」「表現力」の5つの力が必要だという。「数字で状況や特徴をつかみ、規則性や変化、相関性を分析し、最適なデータを選び、予測する。そして得られた数字を分かりやすく表現することが、ビジネスの現場では求められます」。
こうした力を身につけられるように、同社は法人向けに「数的センス向上トレーニング」の入門編、基礎編、実践編、「ビジネスで使える統計の基本」「ざっくり学ぶ財務3表」「実務に生かすKPI思考」の6種類の研修を提供している。企業の教育担当者向けにライブ配信型のオンライン公開セミナーを毎月開催。セミナーは1回3時間で1社1人まで無料で受講できる。研修は「あらゆる職種の実務で生かせる」数字力の向上を目指し、実際の職場で使う数字を用いたワークを繰り返し、数学・数字アレルギーを取り除くようにしているという。
研修で学んだ後、ビジネス数学検定を受ける人もいる。日本数学検定協会普及推進調整部の豊津直樹さんは「検定を受ける人は日々の仕事で数字・数学にかかわっている人や、その必要性を感じている人」だと説明する。検定の受検者数は21年(4~7月)で約1300人と、20年(4~7月)から150人ほど増えている。受検の年齢は新卒の23歳から中堅社員の39歳までが多く、受検者の約半数を占める。
同協会でも「ビジネス数学入門」「ビジネス数学中級」「ビジネスで使える統計」「お金と数学」など、eラーニング5講座を提供している。講座収録時間は90~330分、受講可能期間は90~365日で、受講料は1100~3300円となっている。
コロナ禍によって事業構造の転換を迫られる企業は、デジタル人材の確保に向けて社員のリスキリングを迫っている。ただ、プログラミングなどのIT(情報技術)スキルを習得しても、そのスキルを生かすための基礎的なビジネススキルが不足していては生産性を高めるまでには至らない。基本となるオフィススキル、語学力、数学力など、仕事に必要な基礎的な力の学び直しも必要だ。
(日経転職版・編集部 渡辺茂晃)
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年12月11日 掲載]