
日立CDIO「意見を言うことをためらう文化」を変革
多様性の浸透に向け、旗振り役となる役員を任命する企業が出てきた。CDIO(最高ダイバーシティ&インクルージョン責任者)と呼ぶ。様々な働き手の成長の土台作りを担う役職だ。さらに「多様性戦略を経営課題に位置づける」との企業の意思表明の象徴でもある。
「日立で働く35万人の社員はひとりずつ、たくさんのスキル、能力、アイデア、経験、価値を持っています。私たちはこれらの多様性を活用できなくてはいけません」。2021年4月、日立製作所が初めて開いたダイバーシティ&インクルージョン戦略説明会で、執行役常務のロレーナ・デッラジョヴァンナさんは、そう強調した。
イタリア出身のデッラジョヴァンナさんは、1988年に日立ヨーロッパ社に入社。30年以上、海外で経験を積んできた。2020年4月に、新設されたCDIOに就任。女性かつ外国人として多様性を体現するうえ「グローバルな知見があり、社の内情にも通じている」(日立製作所)ことから白羽の矢がたった。
CDIOはChief Diversity&Inclusion Officer(チーフダイバーシティ&インクルージョンオフィサー)の頭文字をとった名称だ。D&Iを担当する最高責任者を意味する。
日立がCDIOの地位を新設したのは、グローバル化など市場が急速に変化する中、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が必須の経営戦略だと考えるからだ。
ダイバーシティは多様性、インクルージョンは受容を表す。D&Iとは多様な人材をただ採用するだけではなく、違いを尊重し、能力や個性が生かされている状態だ。デッラジョヴァンナさんは日立のD&Iについて「世界的にみるとまだまだ」と指摘する。
一例としてあげるのが、日本で痛感した「意見を言うことをためらう文化」だ。自由闊達に意見を言い合える環境がなければ、イノベーションは生まれず、製造業にとって致命的だ。デッラジョヴァンナさんはこうした風土を変えることが喫緊の課題とみる。

そのために「組織文化」「昇進」など5つの柱を立て、具体的な策を実行してきた。組織文化の変革については、性別に関する役割などを巡る無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)をなくす研修などを実施。昇進についてはデッラジョヴァンナさん自身が面談などを通して、リーダーの育成に直接かかわる。
同社の役員層に占める外国人と女性の比率はどちらも1割程度にとどまる。30年度までにそれぞれ3割に引き上げる目標だ。社員からの反感を感じることもあるという。ただ何かを変えようとするときに「抵抗や恐れが生まれるのは当たり前」と動じない。
経営トップへの諮問機関をとりまとめ
東京海上ホールディングスでも21年4月、CDIOのポジションを新設し、執行役員の鍋嶋美佳さんが就任した。
背景にあるのは、社会のニーズに対応するために、グループの多様な人材の発想を生かせる環境が不可欠だという危機感だ。利益の半分程度は海外で稼ぐようになった。責任者を人事部などにとどめた場合、施策を横串で進めにくいこともある。役員級に責任者をおき、施策を加速させる。

鍋嶋さんは1991年に東京海上火災保険に入社し、子育てしつつ総合職で働いてきた。米国勤務の経験も生かし、D&I施策を経営トップに助言する機関「ダイバーシティカウンシル」をとりまとめる。
一般的に経営トップの諮問機関は役員で構成する例が多いが、同カウンシルは非役員の子育て中の女性社員や外国籍社員もメンバーだ。21年8月の初会議では、D&Iの定義などを話し合った。グループ会社のトップを集めたオンライン会合も順次開く。
もちろん、役職をおくだけでD&Iが深化するわけではない。早稲田大学大学院の入山章栄教授は「ダイバーシティや女性活躍を進めるにしても、終身雇用や新卒一括採用、評価制度など古いシステムも一緒に見直さなければイノベーションは起きない」と説明。既存のシステムをつくり変えることの重要性を指摘する。
さらに「多様な意見が出て、会議がもめるくらいでなくてはならない」という。あつれき覚悟でどこまで変革に取り組めるか。CDIOの改革ビジョンに組織がどう応えるかが問われる。
伊藤忠では社外取締役を活用
海外では米インテルや米国務省、ドイツのSAPなどでCDIOが誕生している。企業のD&Iに詳しいEY Japan DE&Iリーダーの梅田恵さんによると、先駆的に導入したのは米IBMだ。経営不振に陥っていた1993年、最高経営責任者に迎えられたルイス・ガースナー氏は「生き残りの戦略はダイバーシティだ」と宣言。95年に黒人男性を専門役員に配置したという。
日本ではCDIOを置く企業は少数だが、役員がD&Iを担う例はある。伊藤忠商事では社外取締役で元厚生労働事務次官の村木厚子さんがその職に就く。人材の多様化を進める一環として21年10月に女性活躍推進委員会を設置。村木さんが委員長を務める。ANAホールディングスでは執行役員がD&Iを担当する。
すべての企業が専任の役員を置く必要はないのかもしれない。ただD&Iは少なからず摩擦を伴う。EY Japanの梅田さんは「日本企業の制度は、専業主婦の配偶者を持つ男性中心に考えられてきた」と指摘する。そんな既存のシステムや意識をがらりと変えなければならないからだ。だからこそ専任役員をつけ、社内に強いメッセージを打ち出す必要があるのだろう。
(女性活躍エディター 天野由輝子、高橋里奈)
[日経電子版 2022年02月28日 掲載]