
経団連が2021年10月に提言した「副業・兼業の促進~働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して」は日本企業にとってハードルが高い副業問題を取り上げた。働き方改革関連法に深く関わった労働政策研究・研修機構の樋口美雄理事長に社員目線の提言の読み方を聞いた。
多様さへの対応、働き方改革全体に共通
――経団連は副業・兼業が社員のエンゲージメント(働きがいを通じた会社との関係性)につながるとしている。
「副業・兼業をする社員の考え方はいろいろだ。経団連はエンゲージメント向上と結びつけたが、副業さえすればエンゲージメントが自動的に高まるとは思っていないだろう。金銭的理由で副業をしたいと思う人もいれば、副業で新たな経験を積み知識や技能を身につけ、仕事や起業・転職に生かそうという人もいる」
「多くの企業がなぜ副業を原則禁止にしてきたのか考えてみよう。従来の日本では会社の命じる仕事にさえ従事していれば、副業をしなくても生活は保障されるとしてきた。会社も残業を命じたとき、副業を理由に断られたのでは困る。企業内情報の秘匿意識も強かった。社員の自主性を縛る、『保障と約束の関係』が企業の成功モデルだった」
「今は違う。低成長で新型コロナウイルス禍に直面した会社は『これさえしていれば大丈夫』との成功モデルを持っていない。どこまで企業が社員に副業を積極的に勧めているかは不明だが、社員を縛ることと、副業・兼業で社員が自分で学び取り、積極性を発揮して仕事を見つけることをてんびんにかけ、どちらかといえば副業を禁止しないほうがよいと考える企業が増えたのではないか」
「もちろん副業には労働者の多様な価値観に応えられる利点がある。多様さへの柔軟な対応は、働き方改革全体に共通する考え方でもあったのだ」

個人の選択、広げる改革を
――自発性重視やジョブ型雇用など、個人の負担が大きい変化が目立つ。
「今、日本企業が考えるジョブ型が、欧州の同一労働同一賃金に基づく本来のジョブ型と違うことは、当機構内でも濱口桂一郎労働政策研究所長とよく話している。ただ、産業が高度化してきて個々の社員の専門性が追求される方向は間違いない。あまりに広い分野に配置転換がなされるようでは専門性は育たない。専門性を期待するなら、すべてを社員本人の責任にするのは間違いで、社員が選択し学ぶ環境を用意していくのが会社の責任だ」
「副業の成果を自社に持ち帰るよう期待するのは一種の職場内訓練や出向と同じだとの見方もある。ただ、今の会社はどんな業界での副業が有効か判断できず、個々人の多様な経験に頼るしかない。先日、当機構の労働政策フォーラムで、ある大手企業の若手社員が副業の成果を社内起業的に生かした例が報告がされたが、それなどは会社と本人双方にプラスになる」
「労働経済学でこれまで仕事のスキルを、企業の枠を超え汎用性のある『一般的技能』と、ある企業にのみ有効な『企業特殊的技能』に二分して考えて来たが、最近はこれに加え、企業を越えて汎用性を持つと同時に、その職種をこなすには必須となる『職種特殊的技能』という考え方が出ている。ジョブ型ではこれが重視されるだろう」
――秘密持ち出し防止などを理由に副業を認めても条件が厳しい企業もある。
「米国東海岸のある州では離職後、競業回避のため労働者は一定期間同業他社への就職が禁止されてきた。これに対し西海岸のある州では社員を縛る規則はなく、自由に会社を移れる。その結果、西海岸では競業企業の従業員同士のオープンな関係が発達し、エンジニアが頻繁に転職・起業して、IT(情報技術)産業全体の発展につながったという有名な研究がある」
「社員のエンゲージメントを高め、積極性を生かし、創造的能力に期待するのがフェーズⅡであるなら、個人の選択を広げていく改革も必要だ」
労働者の自主性、DX・コロナ禍が促す
労働者の自主性が話題に上るのは企業業績が奮わない時期だ。1970~80年代のオイルショック、90年代後半のバブル後不況、2000年代初頭のIT不況と労働市場が緩むたび職能給システムの限界論と職務給待望論が持ち上がった。
約3年前、有効求人倍率が高度成長期並みのころ、正社員の職業能力開発論議は目立たなかった。デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展や専門知識の高度化はすでに明らかだったが、労務管理全体の変革に踏み込む社は少なかった。しかし、DX急進展とコロナ禍でのサービス業不振が重なる今の変化が数カ月先に消えてなくなるとは思えない。
副業・兼業の重視や、日本的にせよジョブ型雇用は労働経済の中心課題であり続けるだろう。樋口氏は「社員の挑戦環境を整えるのは企業の責任」とする。会社に未来の海図が用意できないなら、いかに自分の売値を高くするか、個人は急ぎ考えるべきだろう。
(礒哲司)
[日経電子版 2022年02月17日 掲載]