
テレワーク普及で職場の一体感が薄れがちの中、チームをどう構築するか。注目されるのが、同じ目標へ結束する「チームビルディング」だ。在宅勤務率9割のフリマアプリのメルカリは、互いを知るプログラムや多くの部活動を設けている。生産性を高めるにはまず意思疎通から。コロナ禍でその重要性が増している。
「朝のほうが集中できるタイプなんだね」。1月上旬、メルカリの広報戦略を担うチームの5人が「チームコミュニケーションワーク」に取り組んだ。生産性が上がる時間帯▽好ましい指摘のされ方▽家庭や体調で知らせたいこと――など約30項目に回答を記入。パソコン上で各自の状況を確認しながら話し合った。

会議で積極的に発言できるか、司会から話を振ってほしいか。チームは「大人数の際は振ってほしい」が大勢と分かった。こうした気づきでチーム運営を変えていく。笠円香さん(26)は「普段話しにくいことも和気あいあいと本音で話せた。業務が円滑になりそう」と手応えを感じた。
同社は2013年の創業当初からチームビルディングに力を入れてきた。昭和流の社員旅行や社内運動会まではいかずとも、新入社員を交えた昼食会や部活動を奨励。部活はテニス部や映画部、コーヒー部など約100にのぼる。部署やチームの取り組みにも助成し、サッカー観戦会などを開いた例もある。
心理学者が考案した「タックマンモデル」によると、チーム力の強化は生産性向上に直結する。チームは最初の「形成期」は様子見の段階で、次の「混乱期」は個性や意見がぶつかりあう。衝突を乗り越える第3段階の「規範期」で個人の役割やルールが明確に。第4段階の「達成期」で同じ目標へ個々が能力を発揮し、成果を手にする。
メルカリは同様の概念に基づきチーム力の向上を図ってきた。21年6月期通期には連結最終損益で上場以来初の黒字を達成。一体感を目指した組織づくりが原動力となっている。

一方でテレワークが増えるにつれ課題も生じた。新型コロナウイルスの感染拡大も踏まえ勤務地などを自由に選べる制度を導入、今では1千人以上の社員の約9割が在宅勤務する。やり取りはオンライン中心で業務上の話に終始しがち。行き違いが起き、雑談からの新たなアイデアが生まれにくくなった。「誰にどう聞けばよいのか分からない」。不安を抱える新入社員や転職者もいた。
こうした中、21年に取り入れたのがチームコミュニケーションワークだ。
遠隔ではオフィスと違い細かな指示を出すのは難しい。そこで社員それぞれに、具体的な仕事の進め方や目標を定量的に定める「OKR(目標と主要な成果)」を意識させる。円滑な意思疎通で互いの働きを確認しながら、在宅勤務でも高い生産性をあげていく。
労務部門の打越拓也マネジャーは「互いに信頼関係が基盤にないと、全員が活躍できる環境づくりはできない」と強調する。今後も活用を増やす考えだ。
増収を続けるクラフトビール大手のヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)は00年代、意思疎通の悪さなどから社員約20人の半数が去った苦い経験がある。
以前の朝礼は連絡事項を伝えるだけで誰も発言せず、転職者から「通夜のようだ」と評された。今では休日の出来事や趣味などを自由に30分間、チームで話し合う「雑談朝礼」に変わった。チームビルディングの基礎を5日間で学ぶ講座や、外部講師を招いたプログラムも実践してきた。
年齢や役職に関係なく意見を言い合う土壌が育ち、新たなアイデアが生まれやすくなった。課題解決への自発的なプロジェクトは年間で数十件立ち上がる。
例えばイベント出店では、部署の垣根を越えて集まった意見をもとに、ビール原料のホップの香りを客に体験してもらい、製造工程の動画も流した。このビール完成までをイメージしてもらう試みにより、出店は行列を呼んだ。
今後も研修を増やす予定だ。井手直行社長は「リーダーもコロナ禍への対処に明確な答えを持っていない。意見を出し合うフラットな組織を目指す」と話す。
生産性の高いチームづくりのキーワードになるのが「心理的安全性」だ。米グーグルが12年に始めた研究で、成果を上げるチームの特性を探った結果、重要性が分かった。同社で人材開発を担った経営コンサルタントのピョートル・グジバチ氏は「生産性の高い組織には一人ひとりが長所を発揮し、安心して意見を言える土壌がある」と話す。
その上でマネジャーの役割が重要となる。ピョートル氏は「よい聞き役となり、ときには自身が弱みを部下にさらけ出す。そうすれば風通しのよい雰囲気をつくりやすい」と指摘する。
コロナ禍が職場に影 一体感、効率性低下も
長引く新型コロナウイルス禍で、一体感の醸成に苦慮する職場は少なくない。リクルートが2021年10月、会社員に職場におけるコミュニケーション量の変化について尋ねたところ、約4200人のうち37.6%がコロナ前と比べて減ったと答えた。オンライン中心のやりとりで気軽な意見交換が難しくなっている様子がうかがえる。

リクルートの調査では、30.4%が「一体感や仲間意識」が減少したと答えた。ランチや飲み会、集まっての研修などの機会が感染防止で少なくなった状況が背景にありそうだ。生産性にも影を落とす。25.2%が「職場の仕事の効率性や生産性」が低下したとした。
HR総研による企業の人事担当者を対象にした調査では、コミュニケーション不足で障害が生じているのは「迅速な情報共有」が87%で最多だった。「業務中の気軽な相談・質問」も67%に上り、チャットやビデオ会議などでちょっとした相談事がしにくい状況が浮かぶ。
コロナ禍の新入社員は社内の人間関係が希薄になりがち。上司とのやり取りがオンラインのみの場合もあり、フォローの必要性が増している。若手の指導や成長への影響も懸念される。日本能率協会マネジメントセンターによると、上司・先輩社員の54.4%が新人や若手を指導しにくくなったと感じ、38.4%が指導・育成を通じて自身が成長した実感がないと回答している。
オフィス面積を縮小する企業がある一方、自由に意見交換できるスペースを設けるなどオフィスの役割を変える動きも広がる。オンライン活用を工夫し、どう効果的に対面と使い分けるかが、生産性を高めるコミュニケーションのカギになりそうだ。
(佐藤淳一郎)
[日経電子版 2022年02月21日 掲載]