次世代リーダーの転職学

ミドル転職で年収は上がるか 入社後の給与ルールが鍵

経営者JP社長 井上和幸

転職時に欲張る人は採用側に嫌われがち(写真はイメージ)=PIXTA
転職時に欲張る人は採用側に嫌われがち(写真はイメージ)=PIXTA

活況が続くミドル世代の転職には、ライフステージと絡んで大きな問題が覆いかぶさります。それは家計所得。子供の教育費が最もかかる時期に重なり、場合によっては親の介護問題も絡んできます。30代後半から50代前半までのミドル世代にとって、転職と家計収入は切っても切り離せない問題。では、転職の際の年収問題を、どう考えれば良いのでしょう?

30~50代の転職理由トップは「給与・待遇」

エン・ジャパンの転職サイト「ミドルの転職」が2021年5月に発表した調査(対象は「ミドルの転職」を利用する35歳以上のユーザー633人)によると、「仕事選びの軸で重視すること」という質問に対して、30・40代のトップ回答は「給与・待遇のアップ」でした(30代は53%、40代は54%)。

50代では「給与・待遇のアップ」は3位(38%)に下がりますが、これは年齢に伴う転職の厳しさを反映していると思われます。1位は「経験・能力が活(い)かせる仕事ができる」(71%)、2位が「希望する仕事に就ける」(41%)。そもそも望む仕事に就けるチャンスが少ないことからの切実な気持ちがうかがえます。あるいは子供が親離れし、家計コストも下がったことで、給与のために我慢するより、自分がやりたいと思える仕事がしたいという心理も織り込まれているかもしれません。

そもそも「転職を考えたきっかけ」について全体の39%が「給与・待遇への不満」と回答し、トップに。ミドル世代の転職動機に、収入問題が大きく影響を与えていることが分かります。

では、実際に転職した際、年収アップは実現されるのでしょうか?

新型コロナウイルス禍前のデータになりますが、同じ「ミドルの転職」が2019年の4月に同サイトを使う転職コンサルタント224人に聞いた調査では、ミドル層の転職で「年収が上がる人のほうが多い」と答えたコンサルタントは25%、「どちらかというと上がる人のほうが多い」47%、「どちらかというと下がる人のほうが多い」26%、「下がる人のほうが多い」2%でした。

転職コンサルタントの回答ですので、調査に回答したコンサルタントのバイアスもあるかとは思いますが、それなりの母数に聞いた結果であり、市場の全体感を表していると言えるでしょう。

皆さんの印象はいかがでしょうか。「結構上がる人も多いのだな」と思われたでしょうか。あるいは思ったほどではない、もしくは下がる人が少なく感じた人もいるのではないでしょうか。「どちらが多いか」という聞き方ですので、上がると回答したコンサルタントが担当した中に下がったものも相応にあるということは認識したほうが良さそうです。

ちなみにどれくらい上がるかについては、およそ50万~100万円が8割方を占めています。この調査では残念ながら、下がり幅のデータは公開されていませんでしたが、当社での実績値を照らし合わせてみて、中央値は「現年収と同等」になっているはずですので、下がり幅も同じく50万~100万円が多くを占めていると思います。

転職での年収上がり・下がりの幅は、多くの場合、およそプラス100万円~マイナス100万円と認識して、実態とも大きなずれはないでしょう。

年収額の変化を、額面と手取り額とで比較

「いや、今より50万円下がるのはきついです」「A社のオファーはB社のオファーより100万円高いので、職務的にはB社のほうがピンときてはいるものの、A社で決めようと思います」

このような会話が転職活動での内定オファー時に散見されます。この「50万円、100万円の差」とは、いかほどのものなのか。我々はときに「手取りで考えてみたら良いですよ」ということも相談者に話します。年収の変化が及ぼす額面と手取りの影響を実際に見てみましょう。

オファー時に提示される年収は「額面」表記で、そこから「健康保険料」「厚生年金保険料」「雇用保険料」「所得税」「住民税」が控除されて「手取り額」となります。これを年収額別に一覧化した「年収別手取り金額一覧データ」を、会計事務所などがネット上に公開していますので、ぜひ検索してみていただければと思います。

例えば額面年収600万円の場合、手取りは457万7300円です。ここから年収が50万円上がる(650万円へアップ)と、手取りは495万1532円。逆に50万円下がる(550万円にダウン)と、手取りは420万2380円となります。

額面年収800万円の手取りは589万9136円。ここから年収が50万円上がる(850万円へアップ)と、手取りは624万6608円に。逆に50万円下がる(750万円へダウン)と、手取りは556万6104円に変わります。

額面年収1000万円のケースもみてみましょう。手取りは722万8772円。ここから年収が100万円上がる(1100万円へアップ)と、手取りは786万6192円。逆に100万円下がる(900万円にダウン)と、手取りは657万4196円となる計算です。

ちなみに額面年収1500万円の場合、手取りは1016万1040円。額面年収1800万円なら手取りは1179万8104円。額面年収2000万円になると、手取りも1292万904円に上がります。

これらの数字を見た感想はどうでしょう。もちろん、年収額が上がれば、それだけ手取りは増えます。しかし、多くの場合、額面の差でこだわっているほど、実手取りが増えたり減ったりするわけではないことに気がつくのではないでしょうか。1500万円から2000万円への額面年収の差はものすごく大きいですが、実手取り額の差を見ると、「えっ(プラス分が意外に少ない)」と思いませんか。

入社時だけでなく、入社後の年収可能性を確認

オファーされた年収額は、転職時に皆さんの選択に大きな影響を及ぼしがちです。でも、年収額にはとても敏感なのに、皆さんがあまり目を向けないので、とても不思議に思う項目もあります。それは、入社後の給与支給ルール、年収変化の可能性です。

入り口の年収ももちろん大事ですが、そこから頑張ってどのような期待値や見返りがあり得るのか。年収を気にするのであれば、そちらのほうが入社時のオファー年収よりも何倍(何十倍)も重要です。

実際に私も多くの皆さんの転職、キャリアの歩みを拝見してきて、入社時に年収を下げて転職した人がその後の活躍で昇進し、過去に在籍した企業で想定される年収上がり幅を大きく超えた年収となったケースも非常に多くあります。逆に好条件で入社したのに、その後が停滞してしまい、再転職を繰り返した末に、年収を大きく落としてしまった人もいます。

入社後にどう給与が変化するかを、事前に全て知ることはできませんが、予見するための材料はあります。たとえば、次のような点が参考になります。

  • 転職検討先企業の給与テーブル・評価ルールはどのようなものか?
  • 給与(人件費)についての会社の考え方、思想はどのようなものか?(年功型・成果型、業績連動の幅の取り方、給与原資の配分ルールなど)
  • 企業自体の成長、ステージアップにひも付く給与変化の期待値はどの程度か?
  • 業界構造に連動する給与水準(業界平均の収益力、原価率・人件費率)はどれぐらいか?

上記のようなところから、入社後の中長期的な年収を類推したうえで、どのようなチャンス、リスクを選ぶか、選ばないのかを、意思決定するのが賢明です。

実は転職時に、皆さんのオファー年収額の決定に大きな影響を及ぼすものがあります。それは、現職での実績年収です。

特に日系企業では、多くの場合、現職給(離職者の場合、前職給)を基準にオファー提示年収を決定します。転職する側も受け入れる側も、入社後の活躍度合いは最初は分からないので、初年度については現職(前職)給を保証。2年目から実績考課を行っていくという考え方です。

つまり、転職で高年収を実現するには、現職でしっかり年収を上げておくことが肝心なのです。私が入社時のオファー年収以上に、入社後の年収変化可能性とルールが大事だと言ったのは、そういう意味でもあります。

ここまで年収についてみてきて、最後にお伝えしたいことは、「年収額が第一優先の転職は、うまくいかないことが多い」ということです。

年収の額は、業務成果の結果に応じて得られるものです。年収にこだわるとは、この原則を理解しておらず、「先に欲しがる」行為。このことに、企業側の経営や人事は当然、難色を示します。また、年収に固執する人は、入社時に満足の年収で入社しても、早晩、その額に飽き足らなくなり不満を持つようになります。これらの理由から、「年収ファースト」の応募者は採用企業側から嫌われるのです。

家族・家計を守るためにも、自らのやりがいのためにも、転職時の年収額は大事です。しかし、年収ロジックを理解した上で転職先を選び、さらに入社後に結果を出せているか否かで、キャリアの展開や年収の伸びしろは大きく異なってきます。この点をよく考えて、転職活動を進めてほしいと思います。

井上和幸
経営者JP社長兼CEO。早大卒、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。「社長になる人の条件」(日本実業出版社)、「ずるいマネジメント」(SBクリエイティブ)など著書多数。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年11月19日 掲載]

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