
転職市場で50代の初年度年収が上昇している。中途採用の人材としては敬遠されがちな年齢層だが、転職市場の主力の30代前半までの人材を採用できない中堅・中小企業がベテランの大手企業出身者に食指を動かす。若年層を中心とした人手不足という労働市場の構造的な問題もミドル世代の求職者と即戦力を求める企業の利害を一致させ、転職市場の流動性を加速させる動力となっている。
人材サービス大手のエン・ジャパンによると、50代の転職決定時の初年度年収(中央値)は2021年は670万円だった。20年に比べ30万円高く、新型コロナウイルス前の19年比でも40万円(6.3%)上がった。一方、全年代の平均は、21年は540万円と20年比で5万円(0.9%)上昇したものの、19年比では横ばいだった。20代はほぼ横ばいで推移しており、50代の伸びが目立つ。

高スキル人材の採用が加速していることが背景にある。コロナ禍でデジタルトランスフォーメーション(DX)や新規事業の展開に乗り出す企業が増え、即戦力となる人材の採用は競争が激しさを増している。中堅・中小企業は待遇や知名度などを含め採用力が大企業に劣りがち。優秀な若手の即戦力を確保しにくい企業を中心に、経験豊富な50代にも採用の間口を広げている。
大手金融機関の情報システム部門で勤務していた50代の男性は、昇給できる役職に就く可能性が限られ、役職定年も迫っていた。働き方改革で残業時間は減り、働きたくても働けない状況が続いていた。そこで社員が数十人の金融系企業に転職した。「子育てもあり長く働きたかった」。大企業での豊富な職務経験が転職先企業で評価され、年収も転職前の1000万円程度の水準を維持した。
エン・ジャパンの35歳以上を対象にした転職サービス「ミドルの転職」では、転職決定者に50代以上が占める比率が21年に2割を超えた。同業大手のジェイエイシーリクルートメントでも50代の転職決定者は5年で8割増えた。人生100年時代を見据えた人生計画を考える中で、転職に踏み切る50代は増加している。
エン・ジャパンの人材紹介事業「エンエージェント」の統括部長を務める藤村諭史氏は「50代の転職は在籍企業よりも長く働ける会社で、長期的な収入確保を目的とすることが多い」と話す。

大手企業では多くが、役職定年制度などで一定の年齢で年収が下がる仕組みを導入している。70歳までの雇用機会確保が企業の努力義務となり、定年後の再雇用制度を運用する企業も多い。ただ、パーソル総合研究所(東京・港)の20年の調査によると、再雇用の前後では年収が32.5%(全体平均)減少していた。
一方、採用する中堅・中小企業では管理部門や情報システム部門の責任者級やM&A(合併・買収)や内部監査の担当者など、転職者の長い経験に基づいたスキルを求めている。新規参入を目指す事業領域に精通した人材を募集する例も目立つ。
回路設計や半導体関連のエンジニア職でも受け入れが増えており、「以前は若手にこだわる向きも少なくなかったが、技術があれば採用したいとする考え方も一般的になってきた」(藤村氏)という。大企業出身者の50代となれば年収も高く、中堅・中小企業にとって負荷は小さくない。それでも、不足する高スキル人材確保の解決策として広がりつつある。
団塊の世代すべてが後期高齢者になる25年が近づき、労働市場は少子高齢化による人手不足という構造問題への対応を迫られている。若手の採用に拘泥していては先々の成長を維持できなくなっている。
労働市場を支える層の拡大は避けられない。人材の流動性を健全に高め経済成長につなげるためにも、50代以降の転職も踏まえたキャリア形成を支援する取り組みの重要性が突きつけられている。
(野元翔平)
[日経電子版 2022年02月16日 掲載]