スタートアップへ「キラキラ転職」 落とし穴にご用心

クライス・アンド・カンパニー社長 丸山貴宏氏

スタートアップへの転職のハードルは下がった(写真はイメージ=PIXTA)
スタートアップへの転職のハードルは下がった(写真はイメージ=PIXTA)

自分と切磋琢磨(せっさたくま)していたつもりの同僚が突然、30歳を目前にしてスタートアップ企業への転職が決まったケースはないでしょうか。そんなときは「自分はこのままでよいのだろうか」「私もやりたいことを見付けるべきではないか」と焦り始めることもあります。こうした「キラキラ転職」ですが、人材紹介を手掛けるクライス・アンド・カンパニー(東京・港)の丸山貴宏社長は「落とし穴もある」と指摘します。

キラキラ転職の増加の背景にはスタートアップへの転職が市民権を獲得したことがあります。以前は若い成長企業への転職は「ベンチャー転職」と呼ばれることが多く、最近の「スタートアップ転職」と比べ非常に高いハードルがありました。なかでも最大のハードルは給与水準の低さで、ベンチャーへの転職は年収の切り下げがほぼ必須でした。

大手への転職より好条件のオファーも

「社長の給与が600万円だから、あなたの給与は500万円で」といった話が多く、そのビジネスに対する強い志や信念がなければ、なかなか転職の決断はできませんでした。自分は良くても家族に反対されて結局、辞退するケースも少なくありませんでした。このため、ベンチャー転職をする人はかなり優秀な人材や、周囲から少し変わり者扱いされるとがった人材が主でした。

しかし、現在のスタートアップは資金調達環境が以前よりもずっと良くなったため、転職者へのオファー金額はかなり改善されました。今や一般的な大手メーカーに転職するより、IT(情報技術)関連のスタートアップに転職する方がオファーされる給与は高いケースが少なくありません。入社後、年収が年功序列的に上昇していかないかもしれませんが、同じ年齢、同じ経験年数の人が転職したら、大手メーカーよりITスタートアップの事業開発の方が給与は上になるでしょう。名の知れたメガベンチャーの増加で、世間でのスタートアップ転職への抵抗感が薄れたのも後押し材料となっています。

日本経済新聞社が2020年秋に実施した「NEXTユニコーン調査」によると、新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言発令の前の20年3月末と11月末の比較で、推計企業価値が120億円を超える44社のうち34社で従業員数が増加しています。コロナ禍の期間でも有力スタートアップは採用人数を増やしていました。

給与や焦りは禁物 転職後に鳴かず飛ばずも

スタートアップ転職の増加、すなわち若い有望な産業や企業に人材が移る流れができたのは、歓迎すべき変化だと思います。適正な市場価格で人材が流動するようになったのですから。スタートアップ転職のリスクが低くなるとともに、昨今の中高年リストラを鑑みれば、会社に残るリスクが高くなってきたともいえます。ただ、一方で個々の話をうかがっていると、懸念を持たざるを得ない側面も生まれてきました。

以前は転職のハードルが高いが故に、「このビジネスをやりたい。成功させたい」という決意の強い人が転職していましたが、現在はスタートアップ転職のハードルが下がったため、やりたいことがあまり明確ではない人たちが給与水準と焦りや危機感だけで転職する事例が見受けられるようになったのです。

焦りや危機感だけでとりあえず今の会社を飛び出しても、その先に輝くような世界が待っているとは限りません。スタートアップは評価次第で給与も大きく変わるところが多いので、転職時の給与が下がらなくてもその後は鳴かず飛ばずになる場合があります。

「転職の1つ先」を見据えてキャリアを検討

さらに問題なのが中長期的なキャリアを考えると、その転職がプラスにならないケースがある点です。例えば、コンサルティングファームからスタートアップのカスタマーサクセス部門への転職を考えてみましょう。

一口にカスタマーサクセスといっても会社によって業務内容はいろいろで、なかには既存営業とそれほど変わらない場合があります。もちろん、カスタマーサクセス業務の意義はとても大きいのですが、コンサルティング業務と比較すると営業やルーティンの要素が強く、コンサルタント出身者のキャリア形成としてはクエスチョンマークが付きます。

こうした事例が生まれてくるのはコンサルティングからカスタマーサクセスへの転職がしやすいからです。つまり、同僚のキラキラ転職にあおられて、焦りや不安感だけで転職活動を始めると、単に「転職しやすいから」という理由で転職してしまう事態が起こり得るのです。非常に残念な話ですが本来、転職候補者のキャリアを考えて転職先の提案を行うべき人材紹介会社の中には、目先の売り上げを立てるためにこうした提案を行うところもあります。

このような事態を招かないためには、中長期的な視点からのキャリアパスの検討が大切です。提示されたスタートアップのポジションが面白そうで、給与も良かったとしても、そもそも何のためにそのポジションに転職するのか。その業務に習熟することで何ができるようになり、その次は何を目指すのか。要するに、転職のさらに1つ先を見据えて検討する必要があるということです。そうすれば「面白そうだし、条件も悪くないけれど、自分のキャリア形成にとっては遠回りになる」といった判断ができるでしょう。信頼のおける人材紹介会社のキャリアコンサルタントに相談し、アドバイスを受けるのも有益です。

丸山貴宏
クライス・アンド・カンパニー社長。リクルートで人事採用を7年担当した後、1993年に30~40代の経営幹部を中心にしたビジネスプロフェッショナルのための人材紹介会社、クライス・アンド・カンパニーを設立。著書に「自分に合った働き方を手に入れる!転職面接の話し方・伝え方」「そのひと言で面接官に嫌われます」ほか。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年11月24日 掲載]

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