企業が定年引き上げなどでシニア社員の活用を推し進める一方、デジタル技術などの急速な変化で仕事に求められるスキルは年々高度になっている。ビジネスパーソンにとってリスキリング(学び直し)が一段と重要になっているが、効果的な取り組み方や実践するうえでの注意点は何か。マクロ経済の視点でリスキリング推進を説く日本総合研究所の安井洋輔主任研究員に聞いた。
――自らがリスキリングすべき分野やテーマをどう設定すべきですか。
「目標からの逆算思考が重要だ。就きたい職業や今後自分が成し遂げたいことを考え、そのキャリアの道筋に必要なスキルを習得する。ぼんやりと『これがやりたい』ではなく、現実的にどのような職業に就けるかを見定めることが大事だ」
「職業に対する具体的なイメージを持つには、厚生労働省の『職業情報提供サイト(日本版O-NET)』や、人材紹介の業界団体が公表している『転職賃金相場』情報が参考になる。職業ごとに仕事内容や労働時間、給与水準などが分かる。民間企業の転職サイトに登録するのも手だ」
――リスキリングに関する講座は玉石混交で迷います。
「間違った内容を選ぶと時間とお金を無駄にしてしまう。自分にあった教育機関を選ぶには、講師へのヒアリング、教育機関での体験授業、テキスト内容の確認などを心がけるとよい」
「厚生労働省による『専門実践教育訓練給付金』の対象講座から選ぶ方法もある。第三者のお墨付きが得られている講座だ。オンラインだけより、リアルな対面の場がある講座も薦めたい。録画された講義だけではなく、その場で的確なアドバイスを受けられ、苦楽をともにする先生や仲間と励まし合うことでモチベーションも高められる」
――リスキリングに遅すぎることはありますか。

「例えば50代でリスキリングを迷う人には、逆に『なぜ今更と思ってしまうのか』と問いたい。人生100年時代、人によっては70歳を超えても働き続ける。仮に50歳で残り20年間働くとなると、リスキリングにお金をかけて新たな仕事を始めることは不合理ではないはずだ」
――しっかり受講していくと、お金がかかります。
「リスキリングは経済学的に捉えると人的資本投資で、企業の設備投資と同じだ。自分のスキルを高めて生産性を高め、賃金を上げる。将来のリターンを見込んで人的投資をするというのが基本的な考え方で、必要な投資だ」
「専門実践教育訓練給付金の利用も検討したい。雇用保険の被保険者であれば誰でも利用できる。受講費用の50%(年間上限40万円)が支給される。さらに、修了後1年以内に転職したり勤務し続けたりすれば20%(年間上限16万円)が追加支給される。つまり、会社員であれば受講費用の70%が戻ってくる。対象講座は講座検索システムで確認できる」
――仕事と並行して学ぶ時間を作るのは大変です。
「社会人、特に30代以降は仕事だけでなく子育てや介護など家庭的な義務が発生し、時間的制約が厳しい。自分が確保できる時間から逆算してリスキリングの内容を決めるといいだろう。学位や資格を取得するには課題や予習、論文執筆などある程度まとまった時間が必要になる。通勤時間や帰宅後の数時間などは有効活用しやすい。週末に時間を捻出するのも効果的だ。家族がいる人は配偶者の理解を得る努力も必要だろう。時間捻出は大変できついが、それぐらいのきつさは覚悟したほうがよい」
「学位は取得できなくても、興味のある1科目から受講できる制度などが多くの大学にある。もう少し長いタイムスパンで5年、10年かけて不足しているスキルを重点的にアップデートするという考え方も一案だ」

――勤務先にリスキリングしていると伝えるべきですか。
「転職を考えている時は伝えるべきではない。学び直しの負担が大きいなら、仕事上の付き合いやパフォーマンスは必要最低限にしつつ、希望の職業に就くことを思い描きモチベーションを保つとよい」
「勤務先で生かそうとしているスキルの学び直しで、かつ企業に補助金制度がある場合は伝えるべきだ。リスキリングに励む上司や同僚がいれば、情報交換もできる。ただ、リスキリングについて理解のない上司、同僚も一定数いる。そういう人には話さない方が良い。難癖を付けられて邪魔される可能性もある」
「強い不安やストレスを感じている人の脳では学習能力が大きく減退する。余計なストレスを増やさないよう細心の注意を払って、リスキリングを成功させてほしい」
(聞き手は京塚環)

やすい・ようすけ
04年東大経卒、日銀入行。15年に内閣府で経済財政白書執筆に従事。17年日本総合研究所入社。米コロンビア大学国際公共政策大学院修士。注力するテーマは日本経済の中長期的な構造変化。
[日経電子版 2022年02月09日 掲載]