ジョブ型雇用は万能か? 導入企業から見える問題点

KPMGコンサルティング 油布顕史プリンシパル

大手企業を中心にジョブ型雇用への転換を検討する企業が増えている(写真はイメージ=PIXTA)
大手企業を中心にジョブ型雇用への転換を検討する企業が増えている(写真はイメージ=PIXTA)

KPMGコンサルティングで組織・人事分野を手がける油布顕史プリンシパルは「このところ、『ジョブ型雇用』を導入した企業からの相談が増えています」と話します。そもそもジョブ型雇用とは何でしょうか。油布氏に聞きました。

会社は総人件費を管理しやすく

ジョブ型雇用はポスト(職務・勤務地など)の条件を明確に決めて雇用契約を結び、その仕事の範囲内で働く雇用の仕組みです。組織全体のポスト数と要員数を末端まで決め、ポストごとに明確に定めた仕事内容(職務)と報酬に基づき、従業員は業務を遂行します。ポストと職務と報酬がイコールになるので、会社側は総人件費を管理しやすくなります。日本企業は職務を限定せず、新卒で正社員を一括採用するメンバーシップ型(職能型)の雇用制度が主流でしたが、「年功賃金による人件費の高止まりの是正」「外部からの価値の高い人材獲得」「リモートワーク環境適応に向けた職務・成果重視への転換」といった理由から、大手企業を中心にジョブ型雇用への転換を検討する企業が増えています。

しかし、ジョブ型雇用を導入して1年以上経過した企業の人事責任者に話を聞くと、「役員・部長クラスにジョブ型雇用の特徴が十分理解されていない」という声が多く聞かれます。それは人事異動時に顕著に現れるようです。例えば、定期異動の時期に、役員から人事部に「営業部長の○○さんを業務部長に異動させたい」と要望があったとします。ジョブ型ではポジションやポストごとに職務価値を評価して値札(報酬)を付けるので、もし異動する業務部長の職務価値が営業部長よりも低い場合は報酬が下がります。人事部がそのことを役員へ確認すると「なぜ報酬が下がるのか? ○○さんのやる気が下がるので報酬を下げないようにしてほしい」と異論を唱えてくるのです。

ジョブ型雇用についてさらに理解を深めるため、多くの日本企業が採用しているメンバーシップ型人事と比較しながら考えてみましょう。まず、仕事の与え方がメンバーシップ型とジョブ型では異なります。メンバーシップ型は仕事の範囲を明確に定めず、従業員が仕事を遂行する能力に応じて、仕事の範囲を広げたり狭めたりすることができます。一方、ジョブ型は仕事の範囲や内容が明確に定められているため、個人の能力に応じた仕事の与え方ができません。例えば、メンバーシップ型であれば、仕事のできる社員を早期に育成させたい場合はより高いレベルの仕事を与えることができますが、ジョブ型では決められた仕事だけをやればよく、仕事のできる社員を育成させるためにレベルの高い仕事をやらせることはできません。

次に、報酬の考え方も異なります。メンバーシップ型は、従業員が仕事をこなす能力に応じて支給されます。一般的に、仕事をこなす能力は同じ会社で仕事を何年も続けていれば高くなると考えられるので年功的な賃金になります。ジョブ型は、ポスト(職務)に対して支給されるので、与えられた仕事以上の業務をこなせる能力があっても報酬は変わりません。報酬を上げるには、ポジションを変える必要があります。

そして決定的に異なるのが、ポジションや職務を変える異動や配置です。メンバーシップ型は個人の能力をみて昇格させたい場合、ポストに空きがなくても「担当部長」や「課長補佐」といった新たなポストを設定し、異動や昇格ができますが、ジョブ型はポストの数と要員数があらかじめ決まっているため、個人の能力が高いからという理由でポストを増やすことが原則としてできません。ポストに空きがなければ昇格できませんし、今より上のポストに移りたい場合、社内でそのポジションに空きが出て、公募があったときに応募して採用されて初めて昇格し、報酬は上がります。

「成果主義」と「ジョブ型」は別物

ジョブ型雇用で従業員に求められるのは「定められた範囲の業務を滞りなくきちんと行うこと」です。端的に言えば、その仕事さえできていればよく、高い成果を出しても給与に反映されるわけではありません。ジョブ型と成果主義を混同して理解している方もいるようですが、成果主義の手段がジョブ型ではなく、両者は別物だと言えます。新型コロナウイルス禍によるリモートワーク環境を機に、ジョブ型を検討する企業もあります。話を聞くと「リモートワークでは仕事のパフォーマンスが見えないから、仕事をきっちり定義できるジョブ型にすれば成果を測りやすい」と言います。定型業務などジョブ型が適した性質の仕事があることは事実ですが、誰もが「こうすればよい」という共通イメージを持てないような非定型的業務や難易度の高い職務はジョブ型に適しているとは言えず、「リモートワーク環境=ジョブ型」という考え方は誤った認識だと言えます。

ジョブ型を導入した企業が直面する問題は異動・配置です。日本企業では部門の立て直しや人材育成の目的で、意図的に優秀な人材を異動させることがありますが、ポストに報酬がひも付ていると報酬が下がる場合が発生するため、異動がやりづらくなります。また、特殊なスキルを持った人材を処遇するための新しいポストを設けることができません。会社の都合で部署を閉鎖し、ポストがなくなった場合にも報酬は下がります。このようにジョブ型の導入はこれまで日本企業が普通に行ってきたことがやりづらくなります。

また、毎年給与が上がる定期昇給という考えはジョブ型にはありません。報酬はポストにひも付いているので、ポストの位置が変わらない限り変わりません。つまり、「給与は上がり続ける」というカルチャーから「給与はポストを変わらないと上がらない」というカルチャーを受け入れられるかということです。

メンバーシップ型を採用する多くの日本企業は「個人が仕事をこなす能力は経年的に上がる」という前提のもとで一律に昇格させます。最近は一律の昇格をやめる企業もありますが、一部の人を抜てきするだけで、あくまで基本思想は平等です。ジョブ型を導入している欧米では報酬を上げるにはポストを変える必要があるので「自分のキャリアは会社ではなく、自分自身がつくるもの」という考えが確立しやすいと言えます。ジョブ型を採用している欧米企業では、高い成果を上げるポテンシャルのありそうな人材は、サクセッションプランという別のキャリアルートに乗せられます。そこで意図的に企業が配置を決めて育成していきます。

視野の狭い人材が育つ可能性も

ここまでジョブ型の特徴を日本の雇用慣行と照らし合わせながら眺めてきました。ここからは若者がキャリアを積むための留意点について述べてみようと思います。

会社のさまざまな仕事を習得しながら一人前の人材を育てたいと考える場合はジョブ型の導入はお勧めできません。なぜなら、若いうちから限定された領域の仕事しかしないため、視野の狭い単能工的な人材が育つ可能性があるからです。変化の激しい時代に職務を固定すると柔軟な働き方が阻害される可能性もあります。異動・配置が制限されることで、育成が停滞するリスクが伴うことは想定しておく必要があります。

企業を横断する労働マーケットが十分整備されていない日本において、会社主導で若手を育成することはとても良い文化だと思います。若いうちに会社の機能を学ぶことでキャリアの裾野を広げることができますし、その経験は組織管理者やリーダーになった時に生きると思います。ただ、このやり方が企業にも社員にもメリットがあるのはせいぜい30歳代まででしょう。若いうちはスキルと賃金の伸びに相関性がありますが、人間は一定の年齢を超えると能力が徐々に上がらなくなってしまいます。そこで、仕事をこなす能力の蓄積が完了している一定年齢以上の従業員(管理職層やシニア層など)にジョブ型の考え方を取り入れるのが現実的だと思います。

昨今の流れをみると、一部の定型作業の従事者を除き、成果に応じて報酬を支払うという流れは変わらないでしょう。だからといって、目先の成果にこだわりすぎて自分自身のキャリアを若いうちから決めてしまうのは将来の可能性を狭めてしまうことになります。そこで、30歳くらいまでは自分のキャリアを見極める期間としてさまざまな仕事をこなし、40歳くらいになったら今の組織に不可欠な人材を目指してキャリアを積むか、社外で通用する専門的なスキルを持った人材を目指すかを選択するのが良いと思います。後者の場合は社内に専門的なキャリアを積めるアセットや成長の機会があるかどうかを見極め、それがない場合は自ら機会を見つけて専門知識を習得し、実践力を付けるのが効率的です。自社に専門的なアセットが少ないからといって他社に移る場合には注意が必要です。なぜなら、専門的なアセットの蓄積は他社でも似たような状況であることが多く、転職しても習得したいノウハウが十分にない可能性がありますので慎重に判断しましょう。

これからは「指示さえしてくれれば、やります!」といった「積極的受け身」の働き方では処遇が下がる可能性が高いことを覚悟すべきです。変化を起こし、それをカルチャーにできる人材こそが必要とされています。

油布顕史(KPMGコンサルティング)
組織・人材マネジメント領域で20年以上のコンサルティング経験を有する。大手金融機関・製造業・サービス業界の人事改革支援に従事。事業会社、会計系コンサルティングファームを経て現職。組織人事にまつわる変革支援-組織設計、人事戦略、人事制度(評価、報酬、タレントマネジメント)の導入・定着支援、働き方改革、組織風土改革、チェンジマネジメントの領域において数多くのプロジェクトを推進。企業向けの講演多数。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年11月17日 掲載]

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