新型コロナウイルス禍で在宅勤務など働く環境が変化し、転職を考える人が増えている。キャリアアップの手段として転職を前向きに捉える傾向が強まり、新卒で入った会社に定年まで勤めることを美徳とする終身雇用時代の職業観は崩れつつある。転職事情のいまを追った。

「その時々の生活スタイルやスキルアップを考えてベストな会社を選んできた」。2021年9月に米IT(情報技術)大手で働き始めた松本真幸さん(40)にとって転職は5度目だ。大学を卒業して国内のソフトウエア会社に就職した。海外で働きたくなって夫婦でタイに移った後、長女が誕生。子育てのため4年前に帰国した。
一貫してIT分野の法人営業を経験した。同業界では急速な技術進化に適応しなければ生き残れない。コロナで在宅勤務が増え、これから伸びる分野はどこかと将来を見つめ直した。日本では会社を何度も替えると好ましくない印象を持たれることもあるが、「自分にとって転職は当たり前。新しい場所は刺激になる」と意に介さない。

日本の転職者数はコロナ感染拡大前まで緩やかに伸びてきた。総務省の労働力調査によると、2019年には過去最高の351万人を記録した。20年は感染拡大を受けた景気低迷で転職者数が319万人に減る一方、転職希望者数は前年比2%増の857万人で最高を更新した。
第一生命経済研究所の星野卓也氏は「コロナが収束すれば減少した転職者数は戻ってくる」と22年以降の回復を予測する。希望者が増える背景にもコロナの影響がある。
転職サイトを運営するビズリーチが21年に実施した調査では、コロナで「転職意欲が向上した」とのビジネスパーソンの回答が8割超を占め、20年より3割近く増えた。理由は「企業・事業に将来性を感じられなくなった」「経験・スキルが生かせていない」がいずれも3割近くに上った。社会や経済情勢が激動するなかキャリアを再考する姿が浮かび上がる。
証券マンだった男性(25)はヘッドハンティングを受けて21年3月に外資系保険会社を次の職場として選んだ。漫然と仕事をする日々に疑問が募っていたときに誘われた。尊敬する上司や先輩にも出会えず「週末を楽しみに生きていた」という。
新たな会社では夜中まで働くことも少なくないが、仕事の裁量が広がり充実感のほうが大きい。年収も結果次第で前職の2倍以上に増える。「若いうちにもっと挑戦したい。この会社に骨をうずめたい」と覚悟を固める。
職業観の変化は会社選びにも反映されている。リクルートが転職活動中の人を対象に21年3月に実施したアンケート調査によると、企業に応募する際に重視する項目は「やりたいことを仕事にできる」が56%と最多で、「給料水準が高い」(47%)など待遇面を上回った。藤井薫HR統括編集長は「会社にしがみつくよりも転職によって自らの成長を追い求める傾向が強まっている」と話す。
日本はかねて人材の流動性が低いと指摘されてきた。労働政策研究・研修機構のデータによると同じ企業の勤続年数が10年以上の労働者の割合は日本は46%に上る。米国や英国、韓国などは2~3割台が中心だ。
日本で働く米国人ヘッドハンターは「米国では成功のために転職するのは当然という意識がある。日本でも優秀な人ほど転職する動きが強まっている」とみる。コロナを契機にした意識変化が進めば、日本も人材移動が活発になる可能性がある。
[日経電子版 2022年01月24日 掲載]