「小売りの王様」大いに頼る 百貨店、転職組が新風

百貨店各社の新規事業育成とともに、転職組が活躍する機会も広がる(東京都中央区の高島屋日本橋店)
百貨店各社の新規事業育成とともに、転職組が活躍する機会も広がる(東京都中央区の高島屋日本橋店)

人材の自前主義が根強かった百貨店を、異業種からの転職組が変えようとしている。実店舗に過度に依存する従前のビジネスモデルはコロナ下でその限界があらわになった。ECや金融など新規事業を軸に、異業種から即戦力を迎え新しいビジネスモデルを築こうとする動きが広がりつつある。三顧の礼で迎えられた諸葛孔明の様な人材は、今の百貨店にもいるか。

役立った「ワーストシナリオ」

「ROE(自己資本利益率)を高めると言いながら、経営会議ではバランスシートの議論すらなかった」

J・フロントリテイリングの若林勇人取締役・財務戦略統括部長は、2015年の転職直後に違和感を覚えた。若林氏はパナソニックで30年にわたり財務・経理畑を歩んだ後、「ROE8%」を目標とするJフロントにヘッドハントされた。

「資金への意識も欠けていた」という。小売業は売上高の多くが毎日、現金で入る。特に百貨店は自ら在庫を持たず、商品が売れたときに仕入れと売り上げが同時に発生したとみなす「消化仕入れ」の商慣習がある。

原材料の仕入れから販売、代金回収までの期間を示すキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)も消化仕入れ方式による現金販売だと実質ゼロとなる。これがキャッシュに対する意識の薄さにつながっていた。

だが想定外の危機は訪れる。豊富な手元資金から「松下銀行」と呼ばれたパナソニックも、プラズマテレビの巨額投資などで財務が悪化。若林氏は「投資判断を誤るとこうも苦しくなるのか」と実感したという。

そこでJフロントで投資回収のルールや撤退基準の明確化、バランスシートの健全化など「7つの財務施策」を提言。提言を踏まえ大型投資では(1)ベスト(2)スタンダード(3)ワーストの3シナリオを策定し、詳細を検証するようになった。19年に建て替えた大丸心斎橋店本館などでこうした分析を行った。

ワーストシナリオは、店舗閉鎖が3カ月続く状況を想定していた。実際にコロナ下で20年春、緊急事態宣言が発令されたことを受けて、1カ月半の休業となったが「手は打っていた」(若林氏)。その後も時短営業などが続いたが、Jフロントは比較的回復が早く、21年3~11月期の連結最終損益は黒字化した。

同じJフロントでサステナビリティ推進部長を務める浜かおり氏も中途入社だ。前職の朝日新聞社では法務・人事を担当し16年に退職。育児などで退社した女性を対象とする「マザー採用」で、Jフロントに入社した。

社会の動きに機敏に対応し、21年は「同性パートナーシップ規則」や「性別移行支援休暇」などを取り入れた。浜氏は「外から人材を入れただけでは化学反応は起きない」と強調する。「ダイバーシティだけでなく、(多様性を受け入れ生かし合う)インクルージョンをどこまで進められるかが重要」と語る。

「忖度はしない」

オンラインと実店舗の融合――。そごう・西武の伊藤謙太郎ディレクターが挑むのは、百貨店の次世代モデルだ。

西武渋谷店(東京・渋谷)に昨秋誕生した「CHOOSEBASE SHIBUYA(チューズベースシブヤ)」を手掛けた。店頭ではD2Cブランドなどを扱うが、店員はまばらで値札も見当たらない。必要な商品情報はQRコードで顧客自ら入手する。

チューズベースシブヤは、オンラインと実店舗の融合を目指した(東京・渋谷)
チューズベースシブヤは、オンラインと実店舗の融合を目指した(東京・渋谷)

そごう・西武入社は18年。以前はIT企業に勤務していた。「(デジタル化が遅れているだけに)伸びしろもあるはず。キャリアのステップアップになる」と入社を決めた。

小売りの常識を知らないから「忖度はしないと決めた」。19年には「新しい百貨店を作りたい」と社長にチューズベースの構想をプレゼンした。

チューズベースではECと店頭在庫の一元化も目指した。百貨店の商慣習である在庫を持たない消化仕入れが根付いており、作業は一筋縄ではいかなかったというが、「ゼロベースで考える」ことで最新の在庫を把握できる体制を整えた。

売り場には百貨店に足を運ばなかった若者が訪れる。「百貨店はお客全員のニーズに応えようとしてきたが、その必要はない。人に深く刺さるサービスを追求する」と語る。

EC・金融、新規事業で活躍

百貨店各社が出遅れたECの領域でも転職組が新風を吹き込む。

三越伊勢丹の北川竜也EC運営部長は、国連系非政府組織(NGO)などを経て、07年にソニー元会長の出井伸之氏が立ち上げたクオンタムリープに参画。その後、グーグル日本法人の辻野晃一郎元社長と、アレックス創業に携わった。日本の工芸品を海外に販売するうちに、三越伊勢丹ホールディングス(HD)の大西洋元社長と出会い、13年に三越伊勢丹に転じた。

三越伊勢丹グループは通常のECサイトのほか食品宅配の「イセタンドア」などを展開する。北川氏は百貨店が持つ顧客データをデジタル化しEC展開を加速するための基盤を築いたという。

百貨店にとってECは新事業。その展開には難しさもあった。現場の従業員は売り場の業務に日々奔走している。新たに加わるECの業務には、乗り気になれない従業員もいたという。

北川氏は自身のコンサルタント経験から「老舗を動かすのは経営トップと現場の力」と信じる。「今はコンサルではなく三越伊勢丹の社員。だからこそ同じ現場の仲間に、ECの必要性を説き続けた」(北川氏)

阪急阪神百貨店をもつエイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)の三樹愛氏は、ぐるなびから転じ、前職ではウェブサイトの開発などに携わった。18年の入社以来、阪急阪神グループの共通ポイント「Sポイント」の導入などを担当。今は各社で異なる決済サービスの共通化に取り組む。

三樹氏は「システム開発やアップデートがウェブ上で完結するIT(情報技術)企業と、実際にレジなどがある小売業界は別物」と話す。それでも「IT業界に携わった人であれば、全体の工程管理やフローの洗い出しなどの知見を生かせ、活躍できるチャンスは多い」と感じている。

デジタル化と並ぶ百貨店の課題が、富裕層などを対象にした金融サービスの拡大だ。

高島屋の平野泰範・執行役員は、英スタンダードチャータード銀行から高島屋に加わった。

これまで10カ国以上の国籍の上司に仕えた。バックグラウンドが違う上司と働く中、目指す目標が同じである限り理解し合えると感じたという。

20年には資産運用や保険の無料相談を担う「ファイナンシャルカウンター」を店頭に開設。これまでに日本橋店や大阪店、横浜店に開いた。

カウンターでの接客には、百貨店経験の長い高島屋グループの従業員もあたる。「時間はかかるが自分たちで目利きしなければならない」との思いから、外部講師を招くなど、専門知識の習得に力を入れている。

「頼るのは恥」、変わる意識

百貨店は中途採用が極めて少ない業界だった。J・フロントリテイリングの好本達也社長は「R&D(研究開発)がゼロで技術革新がなかった。入社時に集まる優秀な人間を引き上げればよかった」と振り返る。傘下の大丸松坂屋百貨店の沢田太郎社長も「小売りの王様との意識から、外部に頼るのは恥との意識があった」と語る。

ただ百貨店市場が縮小しECなどの新領域が増える中、自前主義は限界を迎えている。

パーソルキャリアの転職サービス「doda(デューダ)」の求人データによると、19年4月を100とした指数で21年8月時点の百貨店の求人数は66。コロナ前を下回るがコンビニ(同17)やホームセンター(同56)を上回る。doda編集長の喜多恭子氏は「マーケティングやデジタル領域に求人を急速に切り替えている」と指摘する。

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Jフロントの場合、21年度は新卒61人に対し中途54人を採用。22年度は新卒48人に対し中途は74人と、新卒を上回る採用を計画する。

もっとも市場縮小が続く百貨店業界に見切りをつけ、転職を検討する人も増えているようだ。dodaのデータだと、百貨店業界の人材が転職サービスに登録する人数は、コロナ前(19年4月)より1割余り増えた。

喜多氏は「別の業界を経験した人材が再び戻るケースもある。業態が変化するために必要な動き」とみる。出戻り組を含め外部の人材やノウハウをどこまで生かせるか。百貨店には、老舗の器の大きさと寛容さが求められている。
(古川慶一、淡海美帆、安田龍也)

[日経電子版 2022年01月17日 掲載]

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