
社会で活躍する若手リーダーたちはどのようにキャリアを形成していったのでしょうか。経営コンサルティング会社、A.T. カーニーの滝健太郎プリンシパルが「創造と変革のリーダー」を招き、そのキャリア観を深掘りしていきます。
今回はゴールドマン・サックスからコンサルへ、その後、スタートアップ企業の最高財務責任者(CFO)として上場を果たした竹本祐也氏を招き、スタートアップをゼロから立ち上げる上で、それまでのキャリアをどのように生かしたのかを解き明かします。

「顧客志向」をたたき込まれたゴールドマン・サックス時代
――竹本さんのキャリアは「金融×経営→スタートアップのCFO」と非常に分かりやすく見えます。
竹本氏 確かにそう見えますよね、でも実際はそうでもないんです。例えば、最初のゴールドマン・サックスで得たものは履歴書(図表1)に書いてある金融の知識もそうですが、一番は「徹底して成果にこだわる」とか「顧客のことを心底考えて貢献する」とか、とても基本的なことです。ゴールドマン・サックスでは株式アナリストとして投資アイデアを投資家に届けていました。自分のリポートを読んだ投資家が大金を投資する、その意思決定に関わるわけですから、後に訂正が必要なミスはもちろん、間違って理解されることも許されません。毎日深夜まで一言一句、1つずつの数字にこだわり、どう投資家に届けるのかに向き合っていました。それが今、またCFOとして求められるプロフェッショナル意識を根付かせてくれました。
――分かりやすい資格よりも「徹底した顧客志向」などのマインドセット(思考様式)の方が転職後に役立つというのは意外です。資格を追うよりもマインドセットを厳しく指導してくれる環境に身を置くことが大事ということですね。ゴールドマン・サックスから次のキャリアへ移ることを選択したのはなぜでしょうか。
竹本氏 ゴールドマン・サックスでここまで頑張ろうと決めた目標は、業界担当になって自分の名前でリポートを書くこと。それは4年目に達成したんですよ。しかし、給与もどんどん高くなり、会社からはもっと成果を上げることが求められました。そこで、さらに歯を食いしばって上を目指せるかと問われると、そんなことはないなと気づいたんです。ほかにもやりたいことはあるし、良い機会だから金融業界から出ようと決めました。
――それで、金融業界から経営コンサルティング業界に転身したのですね。
竹本氏 コンサルに転職し、最初の1年はきつかったですね。働き方のサイクルが全く違っていたんです。コンサル業界は3カ月のプロジェクトでも2週間ごとに報告会があり、まるでシャトルラン(往復持久走)をしているような感覚でした。ただ、スタートアップのCFOをしている今は、仮説検証と決断のサイクルがもっと短いので、コンサル業界で働き、このスピード感に慣れておいてよかったと思います。
転職先ではあえて自分の強みを生かさず
――前職の金融業界で得たスキル・経験はコンサル業界で生きましたか。
竹本氏 実は転職するときに「あえて、自分の強みは生かさないようにしよう」と心に決めていました。例えば、ゴールドマン・サックス時代は資源分野の担当だったので、A.T. カーニーでは資源分野はやらないとか。当然、すごく苦しみました。でも、そんな中で心掛けたのは、言い方は悪いですが、とにかく人に恩を売ることです。大変なときこそ自ら志願し、本当にがむしゃらに働きました。その「信用貯蓄」があったから、コンサル時代の上司が「竹本さんのところだから大丈夫」と、今のスタートアップにクライアントを紹介してくれることもあり、経験が生きています。
――それはまさに「キャリアの先行投資」的な考え方ですよね。普通は自分のエッジ(長所)を1つに絞り、キャリアを形成することが定石だと思うのですが、あえて転職するたびに違うことに挑戦するのはなぜですか。
竹本氏 理由はすごくシンプルです。1つの領域で勝負していると、上には上がいると思ったんですよ。僕は兄がいるんですが、僕より良い成績で良い学校に行っていました。兄という存在がいたから、そういう意識を持ったのかもしれません。1つの武器で一流になるのは難しいけれど、2つの武器、3つの武器を合わせると別の世界で一流になれるかもしれないと考えました。アナリストだと一流は難しいけれど、アナリストもできてコンサルもできたら話は違ってきます。

――「いろいろな強みを組み合わせれば一流になる」というのは、まさに「越境的キャリア」を形成してきた竹本さんならではの考え方だと思います。一方で、越境を繰り返すと「バラバラのキャリアで何をやっている人か分からなくなる」という問題があると思います。竹本さんは最初からどこまで設計していたのでしょうか。
竹本氏 人生1回しかないので、やりたいことを全部やっていきたいと思っていました。やりたいことがたくさんあり、例えばスタートアップをやってみたいとか、投資家になりたいとか、経営コンサルも格好いいとか、いろいろあってどれかになれたらいいなと思い、就職活動をしていました。でも、思い返してみれば、根本には「市場経済の面白さの中心にいたい」という思いがありました。
牛乳キャップの賭けで気付いた「市場経済の面白さ」
――竹本さんは一見、金融、コンサル、スタートアップと、やりたいことがバラバラでも、実は「市場経済の面白さの中心にいたい」というブレない軸が根本にあったので、結果として一貫したキャリアが形成できたんですね。キャリアの背景にある「市場経済の面白さの中心にいたい」というパッション(志)はどこから来たのでしょうか。
竹本氏 小学生の頃に兄の中学校の文化祭に行き、出し物のルーレットが面白くて。自分の小学校にルーレットを持ち込んだんです。そうしたらはやったんですよ。そのときは給食に出る牛乳のキャップを賭けて遊んでいたんですけど、牛乳キャップがなくなった同級生が友達に牛乳キャップを売ってくれと持ち掛ける出来事が起きたんです。これがきっかけでルーレットは禁止されてしまいましたが、何の価値もなかった牛乳キャップが価値を持つのを見て、これは面白いと思ったんです。

――「市場経済の面白さの中心にいたい」という根っこから、投資家や経営コンサル、スタートアップといったやりたいことのツリー(図表2)が育っていったんですね。多くの人の職業選択の理由になっている報酬ですが、竹本さんにとっては職業選択の軸にならなかったのでしょうか。
竹本氏 実は転職するたびに、最初の給与は下がったんです。ゴールドマン・サックスを辞め、A.T. カーニーに入ったときに未経験ということで年収は半分以下になっています。昇進してすぐに元の水準に戻ったんですが。次にスタートアップに参画したときは過去最低を記録しました。
――その経験から「お金は転職の幅を狭める制約条件」だと気付いたのですね。
竹本氏 自分の生活水準をいったん上げると、誰でもその水準を下げたくないと思います。生活水準というのは自分のやりたいことの軸とは違い、後から付け加えられた制約条件です。こうしたしがらみから自由にならないと、違う苦しみを味わいます。「収入を下げたくない」「労働時間を減らしたい」といった軸から離れた別のしがらみでキャリアを選択し、モヤモヤし続ける。そんな同僚をたくさん見ました。制約なく後悔をしないキャリアを今後も選択していきたいと思っています。
「創造と変革のリーダー」らしいキャリア形成に5つの特徴
いかがでしたでしょうか。竹本さんのキャリア選択を振り返ると、以下のような特徴(図表3)がありました。

いずれも世の中の多くの人とは異なる仕事の選び方をしていることが分かります。転職サイトに並ぶたくさんの募集要項を眺めていると、とかく条件の比較で選びがちです。ブレない自分の軸は何か。自分自身に問いかけてみることが大事かもしれません。
滝健太郎
東京大学経済学部卒。生まれてこのかた日本は低成長で、バブル時代を知らない世代。A.T.カーニーのリーダーシップグループの一員として「日本の課題解決先進国化」に挑む。「創造と変革のリーダー輩出」のための社内の各種キャリア形成セミナーを主催。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年10月13日 掲載]