
新型コロナウイルスの感染拡大はテレワークやジョブ型雇用など働き方の多様化を推し進めた。労働人口が減り、国際競争力が低下する日本において、生産性の向上やイノベーションをもたらすことができるのか。新しい働き方に挑むニューワーカーを追う。
総合商社双日の子会社、双日プロフェッショナルシェア(東京・千代田)の村山宏さん(41)は毎週金曜日、2時間半電車に揺られ、群馬県安中市にある金型加工の東邦工業を訪れる。工場の生産工程をチェックしながら、「経営学を現場で具体的に落とし込むのは難しい」と汗を拭う。
双日プロは2021年7月にスタートした完全ジョブ型会社だ。すべての仕事内容や等級、必要なスキル・知識などはジョブディスクリプション(職務記述書)に明記され、規定に応じた給与を支払う。社内外の仕事を紹介し、週2~3日の勤務や副業を認める。リカレント教育費も1人最大100万円支給する。
双日は35~55歳でキャリアの幅を広げたい人や介護で仕事量を抑えたい人などを対象に双日プロへの転籍の希望を募る。目的はリストラではない。高いモチベーションで成長を促す環境を提供し、会社に頼らないキャリア形成を後押しする。
終身雇用を前提とした日本では長らく「転職35歳限界説」がささやかれていた。人生100年時代を迎えた現在は、逆に体力のある35歳から第2のキャリアを模索し始める必要がある。
村山さんは経営学修士号(MBA)を生かして事業継承の仕事をやりたいと手を挙げた。週3日は従来の人事部の仕事、1日は双日の自動車本部でマーケティングのサポート、残りの1日は東邦工業で働く。週末に資料を作成するなど転籍前より忙しく、給与も一時的に下がったが「やりがいがあり、将来への種まきと思っている」と笑う。

新型コロナウイルス禍を機に自律的な働き方として「ジョブ型雇用」に再び注目が集まっている。働き手は専門性を生かした多様な働き方を求め、企業は生産性の向上やシニア人材の活用などに期待する。高度成長期に根付いた雇用慣行は変わろうとしている。
日本では2000年前後、ジョブ型が組織再編の手段として広がったが、人材育成にも使われ始めた。J・フロントリテイリングは20年にジョブ型の人事評価制度を変更した。従来は職務内容と結果で評価していたが、職務ランクに応じて自身の成長や部下、フロア、店舗、社会といった評価項目を増やした。
グループ人財政策部長の梅林憲さんは「ポストの規定内容を超えて発揮される社員の創造性や挑戦をきちんと評価できるようにした」と説明する。ジョブ型に、会社が人材のキャリア形成を支援するメンバーシップ型の要素を加えた内容だ。
J・フロントは00年にいち早くジョブ型を導入した。前身の大丸が業績悪化からポストを減らし、従来と異なる仕事に就く社員が増えたため、誰でも一定の職務を遂行できるよう細かな職務記述書をつくった。組織再編が一段落し、新規事業を生むために「一人ひとりの社員と向き合うには今までの制度では不十分になった」(梅林さん)。

「自分のキャリアが通用するか、新しい仕事でチャレンジしたかった」。NECソリューションイノベータ(東京・江東)の遠山信さん(58)は21年4月にNEC本社を飛び出した。
大手製造業が顧客の営業担当として役職定年を迎え同じ部署にとどまることができたが、社内のキャリアアドバイザーと面談して考えを改めた。「定年後も働き続けるなら今からでも新たなキャリアを積んだ方がいい」と中小企業が顧客の子会社の門を自らたたいた。
NECは今後5年間でグループ全体で3000人の社員が定年を迎える。モチベーションが低いまま従来の仕事を続ける社員が多いと生産性は大きく低下する。そんな危機感から20年10月、シニアやミドル社員のキャリア形成を支援するNECライフキャリア(川崎市)を立ち上げた。
同社はシニア社員のグループ内外への派遣・あっせんのほか、40歳から5年刻みで全社員向けに3カ月間のキャリア研修も手がける。社長の佐藤秀明さんは「キャリアは会社ではなく自分で決める。当たり前の意識をミドル社員から持ってほしい」と話す。
人生の主役は社員一人ひとりだ。会社はあくまで裏方に回り個人のキャリアづくりを支援する時代が始まった。
退職金3割減、「1社だけ」動機弱まる
雇用の流動性を妨げる要因の一つだった日本の退職金制度が変わりつつある。勤続年数が長いほど多く受け取れる点が転職のハードルとなっていたが、リクルートワークス研究所によると、2003年に平均2499万円だった退職一時金は18年に1788万円と3割減った。
坂本貴志研究員は「右肩上がりの成長時代には退職金は社員のモチベーション向上に寄与したが、今は意味をなさず企業は削減方向に動いている」と話す。一方で退職金のうち確定拠出年金(DC)はポータビリティー制度が始まり、転職後の会社で引き継げるようになった。
21年4月施行の改正高年齢者雇用安定法では、定年を迎えた社員が希望すれば、雇用延長などで70歳まで働き続けられる環境の整備を企業の努力義務とした。退職金の減少に加え、現役時代が延びたことも一つの会社にとどまるインセンティブを弱めている。
(林英樹)
[日経電子版 2022年01月01日 掲載]