
新型コロナウイルス感染者数が減少に向かい、今後は経済活動の回復が期待されますが、実は中途採用市場はいち早く活況を取り戻しています。2021年4月以降、求人数が回復。リクルートが運営する転職支援サービス「リクルートエージェント」では、ほぼ全業界で求人数が昨年超えの水準に。中にはコロナ禍前のピーク以上に求人が活性化している業種もあります。連載3回目は製造業の中途採用状況や、クラウド経由でソフトウエアを提供する「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)」分野の勢い、製造業大手からスタートアップへの転職などについて、リクルートのコンサルタント3人に話を聞きました。
製造業界の中でもとりわけ採用意欲の高い半導体分野を中心にした中途採用市場について、井上和真コンサルタントに聞きました。
製造業界においては、21年4月前から急激に求人数が回復。全体として、かつてないほどに採用活動が活発になっています。中でも名古屋や大阪での求人回復はめざましく、20年はなかなか採用が進まなかった企業でも採用を再開しました。
特に活況を呈しているのが、半導体分野です。製造・工場への投資が戻ってきており、人材採用も過熱気味。プロセスエンジニア・設備エンジニア・フィールドエンジニアなどの求人が急激に増えています。中には3けた規模の大量採用案件もみられます。
その背景の一つには、自動車の電動化、再生可能エネルギーへのシフトに伴うパワー半導体需要の高まりがあります。エンジニア関連職種のニーズは総じて高く、一部企業では「第二新卒」の採用にも乗り出しました。20年には即戦力となる経験者採用に絞る傾向がありましたが、長期的視点での育成を前提とした若手採用も回復しています。
こうした活況を受け、求職者側にも半導体業界を目指す人が増えています。半導体業界の経験者だけでは人材ニーズを満たせないので、異業界から近い経験を持つ人を受け入れる動きも見られます。特に第二新卒層にとって、選択肢が豊富になっている今はチャンスの時期と言えるでしょう。
製造業の採用では「ハード」から「ソフト」へシフトしていく動きがさらに加速しています。メーカーにおける採用比率を見ていると、IT(情報技術)関連職種が5~10%程度増えている印象があります。
ただし、IT人材の採用が順調かというとそうではなく、各社とも苦戦が続いている状況です。苦戦の要因として挙げられるのは、「IT人材が活躍できるイメージが浸透していない」「給与制度が外部の労働市場と合っていない」など。各社はこれらの課題解決に向けて動いています。
今後の事業展開や仕事内容がイメージできるような情報を発信するほか、既存の給与テーブルにとらわれない新しい給与体系の構築などに取り組んでいます。IT企業や異業界の企業との人材争奪戦を戦い、IT人材を呼び込むためには、「広報・IR(投資家向け広報)・ブランディング」にも力を入れていかなければなりません。そのため、広報・ブランディング関連の求人も出てきています。
井上和真
リクルート HRエージェントDivision コンサルタント。商社で営業や企画、購買、物流などを経験した後、10年以上、一貫して製造業の採用支援を手がける。現在はミドルや管理職の採用支援に従事。エレクトロニクスや半導体業界を担当。
製造業からスタートアップへ 転職事例を紹介
次に、製造業からスタートアップへの転職について虎井祐樹コンサルタントに話を聞きました。
製造業からベンチャーへ転職する流れも起きています。新しいテクノロジーを生かして製造業界向けの製品やサービスの開発・販売を手がけているベンチャーなどは、「販売先」である製造業の知見を求めています。そこで、製造業界からの転職者を迎え入れているのです。
その際に求められるのは、製造業においての幅広く深い知見です。そのため、経験豊富なミドル・シニア層も採用対象となっています。最近の事例では、完成車メーカーで事業開発を務めていたAさん(50代前半)が、人工知能(AI)ベンチャーの事業開発職に転職を果たしました。そのベンチャーでは自動車業界も対象顧客としているため、「顧客側の内情や課題」を理解しているAさんを迎え入れたのです。
「新しい事業に自身の知見を生かしたい」と考えたAさんに対し、「新たなキャリアを獲得したい」という動機で大手からベンチャーに転職したBさんの例を紹介しましょう。大手家電メーカーのエンジニア、Bさん(40代半ば)は、ある不満を抱いていました。生産技術職として、全社横断的にさまざまな部門の案件を手がけていたため、「軸となる技術が身に付かない」と悩んでいたのです。
ゼネラリスト的な働き方ではなく、スペシャリストを目指したい――。そう考えたBさんは「自身の軸となるもの」を探して転職活動を始めたのです。特定専門分野の技術を強みとするベンチャーに入社を決めました。
このほか、大手メーカーからベンチャーへの転職者からは、「工程の一部だけを担当するのではなく、全体を俯瞰して仕事がしたい。それによって経験の幅を広げたい」「より大きな裁量権を持って、自由度の高い環境で働きたい」といった理由が聞かれます。
虎井祐樹
リクルート HRエージェントDivision コンサルタント。リクルートキャリア(現リクルート)へ入社後は経営、事業企画、マーケティングなどのハイキャリア領域を担当。2020年4月からスタートアップ領域特化の立ち上げメンバーとしてコンサルタント職務に。
スタートアップ領域ではSaaS系・大学発企業の動きが活発
最後に、スタートアップの採用動向について、水藤雄章コンサルタントに教えてもらいました。
ベンチャー領域全体として、活発な投資が行われており、採用活動も活発です。以前から引き続きニーズが高いのがSaaS分野(参考記事「2021年度下期の転職市場を占う(上)」)。創業フェーズだったSaaS企業が拡大期に入り、求人数自体が増えています。大手企業からSaaSベンチャーへの転職が増加しているのも最近の特徴。SaaS企業では大手企業を顧客とするケースも多く、大手企業の内情を理解している大手企業出身者へのニーズがあるのです。
SaaS事業にとどまらず、最先端技術で社会課題を解決するディープテック領域への投資も増加。一部の企業では研究開発も進み、商用化に向けたフェーズに入っています。「大学発ベンチャー」の立ち上げも活発化しています。教授が個人で立ち上げることもあれば、若手研究者が数人で立ち上げるケースもありますが、共通して求められるのが「バックオフィス」関連の職種です。
研究者が会社を立ち上げる場合、管理部門の経験がある人材はほとんどいないため、外部から迎えたいというニーズがあります。大学発ベンチャーによる採用は今後も増えていくと見込まれます。多くは地方に拠点があるため、UターンやIターンを考えているバックオフィス経験者は選択肢の一つに加えてもいいでしょう。
コロナ禍を機に、中途採用選考において「オンライン面接」の導入が進みました。企業側にも求職者側にも「移動の時間とコストが省ける」「遠隔地の人も応募しやすい」などのメリットがあり、1次面接や2次面接では今後も継続していく見込みです。U・Iターンを目指す人にとっても、転職活動がしやすくなり、面接を比較的気軽に受けやすくなっていると言えるでしょう。
不確実な時代の中で、コロナ禍がきっかけとなり、キャリアや人生を見つめ直した人は多くいます。「大手企業だから」という理由で転職先を選ぶ求職者は減ってきており、規模を問わず事業の将来性や経営者のビジョンを冷静に比較して判断する人が増えています。ベンチャーへの転職を前提としていない転職希望者でも、最終的にベンチャーを選ぶケースは以前よりも増えており、この傾向は今後も続いていくでしょう。
水藤雄章
リクルート HRエージェントDivision コンサルタント。リクルートキャリア(現リクルート)へ入社後は、半導体のハイキャリアのエンジニアを中心に転職活動を支援。2020年4月からディープテック・ハードテック系スタートアップ領域の専任。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年11月13日 掲載]