私の仕事がなくなる前に 事務からIT、学び直し急ぐ

再就職に向けてITスキルを身につける講座を受講する飯山朋恵さん=写真左(東京都渋谷区の青山学院大学)
再就職に向けてITスキルを身につける講座を受講する飯山朋恵さん=写真左(東京都渋谷区の青山学院大学)

長らく働く女性の受け皿となってきた事務職が危機にひんしている。人工知能(AI)などIT(情報技術)に取って代わられ、仕事が急速に失われている。このままでは失業リスクが高まる。なくなる業務から需要が高まる業務へ――。IT人材へのリスキリング(学び直し)を急ぐ女性が増えている。

大学や企業、ITリカレント講習で転身後押し

「きれいに『T』が刺しゅうされていきますね」。飯山朋恵さん(33)は自動ミシンが手提げバッグに糸を縫うのを、熱心に見つめる。針と糸を操るのはミシンだが、どこにどう刺しゅうするか、そのプログラムは飯山さんがパソコンで組んだ。青山学院大が10月開講した女性のためのITリカレント講習「ADPISA-F」の一環だ。「プログラミングは生まれて初めて。想定通りの仕上がりに満足です」と話す。

8月まで商社に一般職として勤めていた。報告書の作成など事務サポートが主な役割だ。ただ、そうした定型的な仕事は入社時より減り、ここ数年将来のキャリアに悩んでいた。思い切って職種チェンジしようと退職。ITスキルを基礎から学べる同講習に懸ける。

ADPISA-Fは女性の就労支援が目的だ。JavaやPythonといったプログラム言語、ネットワークセキュリティーなどを10月~2022年1月に計250時間学ぶ。システムエンジニアやウェブデザイナー等として活躍できるITスキルが身につくようにカリキュラムを組んだ。

受講料は無料。教材費5000円程度で受けられるとあって、30人の定員に142人が応募した。ほとんどは無職で、コロナ下で失職した女性も含まれる。山口理栄プロジェクト教授は「ただでさえ女性の再就職はハードルが高いのにコロナで厳しさは増した。今後人手不足が予想されるITスキルは再就職の強い武器になる」と強調する。

AIで消える事務 日本女性の失業リスク高く

科学技術が進歩し、人が担ってきた仕事をロボットや情報機器がこなすようになれば就労環境は変化を強いられる。国際通貨基金(IMF)は今後約20年間で日本人女性の14.3%が技術的失業リスクにさらされると推計する。男性4.2%の3.4倍だ。日本では事務職など定型業務に就く女性が多い。これらがAIなどに代替される結果、世界の中でも女性の失職リスクが極めて高い。

顧客情報管理(CRM)ツール大手のセールスフォース・ドットコムとデロイトトーマツコンサルティングはDX(デジタルトランスフォーメーション)人材育成プログラム「パスファインダー」を8月に開講した。セールスフォース製品の顧客をサポートするIT人材を育成し、修了後は就労支援も行う。受講生100人の7割が女性で、多くがIT以外の業種からのキャリアチェンジ希望者だ。

「パスファインダー」をオンライン受講する角田佳美さん。家族が寝静まった深夜帯が勉強タイムだ。
「パスファインダー」をオンライン受講する角田佳美さん。家族が寝静まった深夜帯が勉強タイムだ。

兵庫県の角田佳美さん(41)もその一人。大学卒業後メーカーに勤めたが、子育てに夫の転勤などが重なり、退社した。「末っ子は来春小学校に上がる。子どもの手が離れたとき、どんな仕事なら活躍の余地があるかを考えて、今のうちにITスキルをきちんと身につけようと思った」

講義はオンラインで、クラウドの仕組みやCRMの技術スキル等を学び、顧客の利用環境に合わせてセールスフォース社の製品をセットアップ・調整できるレベルを目指す。修了まで20週、計150時間前後の学習が必要だ。予習復習も不可欠で決して楽ではない。ただ初心者であっても集中的に学べば、セールスフォースの顧客企業が採用したいと求めるレベルまで達することは可能だという。セールスフォース・ドットコムのパートナーエコシステム推進部・原田考多部長は「IT業界は圧倒的な人材不足にもかかわらず、女性比率が低い。でも見方を変えればそれだけ女性が活躍できる余地がある」と女性に期待する。

新型コロナウイルスの感染も徐々に減り、労働需給状況には改善の気配がみえる。ただ9月の有効求人倍率を職種別でみると、事務的職業(常用、パート含む)は0.36倍。求職者3人に1件の求人との狭き門だ。

三菱総合研究所の山藤昌志主席研究員は「コロナ下で企業はDXを加速している。そのために労働需給の変化が前倒しされる可能性がある」と指摘する。山藤氏の試算では24年に事務職156万人が余剰になるという。対してITを含む専門技術人材は30年に162万人が不足する。「自分のスキルを棚卸しし、今の知識や能力を生かして一歩ずつ小刻みなリスキリングを継続することが失職リスクを下げる」と助言する。

一歩踏み出す勇気を

ITと聞くだけでハードルが高いと感じる人も多い。ただ、IT領域の仕事も難易度は様々だ。人材会社ワリス(東京)は11月に就業支援付きITリスキリング講座「Webマ+(プラス)広告運用講座」をIT企業アンドデジタル(東京)と共同で始めた。ターゲットは育児や夫の転勤などで離職中の女性だ。検索サイトGoogleの広告管理ツールを利用して、ウェブ広告を出稿できるレベルを目指す。

「IT企業なら新入社員が担う初歩的業務。それでも人手不足が顕著で、特に地方企業や中小企業の引き合いは多い」(広報担当)という。そもそもIT業界自体が成長途上だ。まずは身を置くことが大切で、会社の成長に合わせて能力を磨いていけば活躍領域は自然と広がる。一歩踏み出す勇気が新たなキャリアを切り開く。

(編集委員 石塚由紀夫)

[日経電子版 2021年11月29日 掲載]

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