
「当面、転職するつもりはない。けれど、いつでも転職のチャンスを呼び込めるようにしておく」――。近年、そのような意識を持って行動する方が増えてきていると感じます。今回はスカウトの声が掛かって、転職が現実になる展開と、声が掛かりやすくなる発信についてご紹介します。
「今の会社に大きな不満はないし、すぐに転職する気はない。けれど、将来的には転職も視野に入れている。転職関連のサイトやSNS(交流サイト)で自分の経歴をオープンにしておき、スカウトの声がかかる状態にしておく。自分を求めてくれる企業、自分がやりたいことができる企業から声がかかったなら、転職を具体的に検討したい」。こういった考え方を持つ人が増えつつあります。あるいは「転職する・しないに関わらず、ビジネスやキャリアに関する旬なトレンド情報は常に入ってくる状態にしておきたい」。 このように考えるビジネスパーソンが、年代を問わず増えているのです。
私たちのような転職エージェントは、企業から求人依頼を受けたとき、すぐに紹介できる人材が思い当たらなければ、「ビズリーチ」「CAREER CARVER(キャリアカーバー)」「iX(アイエックス)転職」「LinkedIn(リンクトイン)」といったサービスの登録者データベースにアクセスし、該当する人材を探しに行きます。そして、「この方」と思う人材を見つけたら、「あなたにマッチすると思われる求人案件がある」というスカウトメールを送り、面談を申し出るのです。
ビジネスパーソン側もそうした構造を理解していて、自らのキャリア戦略に活用しようとしているようです。もちろん、転職エージェントからだけでなく、企業の人事や、ビジネスパートナーを探している起業家などからのアプローチへの期待もあるでしょう。
特にLinkedIn(リンクトイン)は、そうした目的を持つ人たちのプラットフォームとして、最近さらに活性化していると見受けられます。ちなみに、私がLinkedInなどに登録している人にお声がけした場合も、高い確率で面談を受けてもらえることが増えたと感じます。
感触としては、「すぐにでも転職したい」という方は2割、「機会があれば転職してもいい」という方は6割、「転職する気はないが情報収集はしたい」という人が2割程度です。
近年、大手企業も「終身雇用の崩壊」に言及するなど、人材流動はますます加速へ。自身のキャリアにプラスになる情報をいち早くキャッチするために、自身のことをオープンにし、「カジュアルな縁作り」を図っているのです。
転職意思はなかったけれど、転職を決意したAさんのケース
実際、転職を考えていなかった人がLinkedInを通じて転職エージェントの目に留まり、転職に至った事例を紹介しましょう。
私はある企業から「海外市場でのブランド戦略を任せられる人材を採用したい」という依頼を受け、「海外」をキーワードに、候補者となりそうな人材のサーチを行いました。そこで、目に留まったのが、LinkedInにプロフィルを公開していたAさん(40代)です。
Aさんは「転職するつもりはないのですが」という前提ながら、「情報収集はしておきたいので」と面談に臨んでくれました。
話を聞くと、Aさんは「海外に関わる仕事がしたい」と、今の会社に転職。ところが、新型コロナウイルス禍の影響で海外事業がうまく進まなくなり、会社は国内事業の強化へ舵(かじ)を切ったそうです。
それでもAさんは、国内向けのミッションに前向きに取り組み、やりがいを感じていました。それに、「時が来れば自社の海外事業も復活するだろう」と考えていたので、転職しようとは考えていなかったのです。
Aさんのキャリアと志向をじっくり聞くと、当初お声がけした求人案件にはあまりマッチしていませんでした。しかし、Aさんから、海外ビジネスに対する思いやこだわりをお聴きするうちに、私の頭の中に、別の会社・X社が思い浮かんだのです。
X社から海外ビジネス要員の求人依頼を受けていたわけではありません。けれど、「あの社長はこの先、こんなビジョンを描いているはず。そのミッションにAさんがマッチしているのでは」と考えました。
そこで、Aさんに了承をとったうえで、X社の社長に「こんな人材がいるけれど、会ってみませんか」とお声がけしました。すると、「まさに求めていた人材」「ぜひお会いしたい」となりました。そして、Aさんも、「海外ベンチャーとアライアンスを組んで新規事業を創出する」というミッションに「まさに自分がやりたかった仕事」と、転職を決意されたのです。
実は、私の転職エージェント業では、このようなパターンの「ポジションサーチ」がきっかけでのマッチング成立が多くを占めています。企業経営者と対話する中で、今後の事業計画や事業戦略に基づき、組織課題や潜在ニーズをキャッチし、ケミストリー(化学反応)が生まれそうな候補者とのマッチングを行います。候補者の承諾のもと、経営者に直接掛け合い、カジュアルな面談の場をセッティング。双方のご縁のきっかけを演出します。
そして、こうした動きをするのは、私が特別というわけではありません。中小・大手に限らず、多くの転職エージェントやヘッドハンターたちが、このようなスタイルで人材のサーチ、マッチングを行っています。コロナ禍の中、オンライン面談を活用し、忙しい経営者にも面談に応じてもらいやすくなりました。
転職エージェントだけではありません。企業の人事担当者、特に「リクルーター」と呼ばれるポジションの採用担当者も、同じような活動をしています。
さらに言えば、ベンチャー企業の経営者もです。経営者の中には「自分の仕事の半分は人材獲得(採用)」と言う人もいるほどです。経営者自身がSNSなどをチェックして、人材をサーチしているケースも多々あります。
Aさんの事例のように、転職するつもりがなくても自身のキャリアや志向を発信しておくことで、転職エージェント、企業の採用担当者、経営者などの目に留まる可能性があります。その縁により、自分では思いもよらなかった業種やポジションに活躍のステージを見いだせるかもしれません。皆さんも、チャンスを呼び込むような発信をしてみてはいかがでしょうか。
スカウトの声がかかりやすくなる「発信」のポイント
では、どんな発信をしておくと、人材サーチをしている人の目に留まりやすくなるのでしょうか。ポイントをお伝えしましょう。
まず基本的な記載項目としては、次のような項目があります。
・学歴
・職務経歴(これまで所属した企業・部署、担当した職務・プロジェクトなど)
・保有資格
・強みとするスキルやテーマ
そして、よりスカウトの声をかけられやすくするためには、次のような内容も記載しておくことをお勧めします。
・「どんな仕事をしていたか」だけでなく「どんな成果・実績を挙げたか」
・どんなネットワークを持っているか(協業してきた業種・業態・企業・人など)
・関心を持っている分野・テーマ
・仕事に対するスタンス、マインドセット
ここまで記載されていれば、読んだ人にはその人の「活躍イメージ」がわきやすくなります。「このポジションで経験・能力が生かせるのではないか」と、ジグソーパズルのピースがスッとはまるように、マッチする案件が浮かび上がりやすくなるというわけです。
なお、仕事に対する「スタンス」「マインドセット」は、皆さんが思う以上に注目されているものです。企業はよく「ミッション、ビジョン、バリュー」を掲げていますが、個人でも「ミッション、ビジョン、バリュー」を言語化し、発信してみてはいかがでしょうか。スキルマッチだけでなく、その部分がマッチすることで、志向や価値観を同じくする企業と出会える可能性が高まるでしょう。

森本千賀子
morich代表取締役兼All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊「マンガでわかる 成功する転職」(池田書店)、「トップコンサルタントが教える 無敵の転職」(新星出版社)ほか、著書多数。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年10月01日 掲載]