
人工知能(AI)がビジネスシーンでの居場所を広げている。業務で扱う機会はますます増えていきそうだ。こうした変化を受けて、転職サイト「日経転職版」は特別セミナー「これからのAI活用とキャリアとは?」を開催した。住友商事デジタル事業本部副部長でDXセンター技術統括も務める小久保岳人氏と、AI技術の提供、コンサルティング、人材育成などを手掛けるスタートアップ企業のaiforce solutions取締役COOで東北大学特任准教授も務める高橋蔵人氏に、AIをどのようにビジネスの中で活用しキャリアとつなげていけばいいのかについて聞いた。
――そもそもAIとは、ビジネスに活用して、個人がキャリアアップを図ることができるものなのでしょうか。
高橋氏 AIの活用は大きなビジネス効果をもたらすといわれていて、AIをしっかり使うことで約63%の企業の収益は改善するという調査結果もあります。
ビジネスにおいてAIにできることは、主に2つです。現時点のAIは、「データ」と「機械学習」によってできています。例えば、「買い物の履歴からおすすめの商品をレコメンドする」というのは、データと機械学習によってできることです。過去の実績とそこからの学習で数値を「分類」したり「予測」したりすること、ビジネス分野においてAIにできることは、大きくこの2つだと思っておいていいです。
会社の中で「この人にしかできない業務」と分類されているものは意外に多いものです。例えば、30年勤めている営業部長には、その案件が成約するかどうかが経験的にわかっても、入社1年目の新人にはわかりません。こういった場合に、成約の可能性の高い案件かどうかの判断を、過去の実績のデータと機械学習によってAIにやらせることができるわけです。
さらに、販売予測や需要予測をしながら原材料を調達したり生産したりする場合、現場の担当者がその人にしかできないやり方で、データを見ながらもなんとなく判断しているというケースは少なくありません。そのような場合も、過去のデータと機械学習によって、AIに予測させることが可能になるのです。
人間がやっていた「分類」や「予測」をAIによってデジタル化できるというのが、ビジネス分野のAI活用の現状です。自分たちの業務のどこで分類や予測が発生しているかを見て、それをAIに置き換えていけばいいとわかれば、活用領域は広がると思います。
住友商事のDXセンターの仕事
――AI導入における成功のカギは何ですか。
高橋氏 AIにできることを把握し、どのような課題の解決にはAIが有効なのか、「課題設定力」をリーダーが持つことが重要だと思います。AIは課題解決の手段ですから、必ずしも解決策がAIになるとは限りません。
業務の中で、これまでは絶対に解決できないと思われていた課題が、AIという新たな手段を使うことによって、もしかしたら解決できるかもしれません。AIはあくまでも手段と理解した上で、ビジネスの現場に取り入れていくことが非常に大事だと思います。
――住友商事では、実際の業務の課題解決にどのようにAIを取り込んでいるのですか。
小久保氏 DXを専門で推進するための組織ができたのは約3年半前のことです。住友商事は6つの事業部門で950社以上のグループ会社が世界中に展開していますが、デジタル化経営をやったことがない人が圧倒的に多いので、支援組織があったほうがいいということでDXセンターができました。
DXセンターの機能は、ビジネス課題の整理・設定や先端的なビジネスモデルや技術の取り込み、データマーケティング、テクノロジーエンジニアリングなど様々にありますが、ポイントはデジタル技術を使うことをゴールにするのではなく、「経営課題・ビジネス課題は何か」を明確にし、それを解決する手法の1つとしてデジタル技術を使うところです。
AIについては、具体的に置き換えられる可能性があるのは、「勘と経験でやっているところ」だと思っています。それを踏まえつつ、「ROI(投下資本利益率)をクリアできるのか」「実用に足るのか」などの様々な点をクリアしていくことです。失敗事例も多く出てくるので、どうすればうまくいくのかという「引き出し」を日々増やす努力をしていくことだと思っています。
求められるAI人材の像とは
――DXセンターのような組織を作ろうとしている企業は増えていますが、IT(情報技術)を理解している人を集めても、事業部側に知見のある人がいなければ実際の事業に落とし込むことは難しいと思いますが。

小久保氏 私たちのDXセンターは、構成人員をデジタルやITの専門家だけにしていません。各業界のオペレーション固有の課題や現場の課題についての知見がIT側のメンバーにはないので、そこを埋めるために各事業部門から「横串人材」となる人に参画してもらっています。「業界知見・オペレーション知見・デジタル知見」の掛け合わせがDXセンターの中でできるようにしています。
――今後、必要とされるAI人材とは、現場と技術の機能を推進していく人材ということでしょうか。
高橋氏 DXへの取り組みが進んでいる企業ほど、その視点をもつようになってきていると思います。AIは「一度導入すればそれで終わり」というものではありません。実際にビジネスに取り入れて気づいたことを技術系の人たちに橋渡しできるような人材を育てていくことが非常に大事です。
AIというと、今はテクノロジーに寄りすぎた学びや教育を考える人が多いと思いますが、重要なことはビジネス課題をしっかり捉えて、それに対して技術で何ができるかを考えることです。その橋渡し役を企業は今、一番育てる必要があると現場を見ていて実感しています。
小久保氏 技術を使うことよりもオペレーションに落とし込むことが大事ですから、その視点は絶対にもったほうがいいと思います。その上で、プロジェクトの推進ができる人、つまり、現場のエンジニアや外部のベンダーとつないでプロジェクトを回すことができる人が必要とされると思います。
DXはゴールが決まっているものばかりではないので、失敗もたくさん起こります。ですから、素早くピボットしてトライアル&エラーを繰り返し、最適解に近づけるというアプローチが求められます。まだまだアーリーステージであり、誰でもプロになれると思いますので、ぜひトライしてください。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年10月02日 掲載]