副業に農業、解禁相次ぐ 企業や自治体の狙いはどこに?

担い手拡大へ初心者参入を後押しも

農業を副業とするダイドードリンコの古川貴洋さん(大阪府富田林市の農園)
農業を副業とするダイドードリンコの古川貴洋さん(大阪府富田林市の農園)

副業として農業を始める動きが広がっている。企業や自治体が相次ぎ副業として解禁しており、働き手には資産形成の一助になるほか、企業にとっては異なる業態から新しい知見を得ることで従業員の成長を促す狙いがある。地域では基幹産業の担い手づくりにつなげる期待がある。

子どもの教育費に充当

大阪府に住む古川貴洋さん(39)は富田林市の農場で副業にいそしむ。古川さんはダイドードリンコの自販機営業企画部でリーダー職を務めつつ、ナスビの受粉作業やキュウリの剪定(せんてい)などに取り組むなど野菜を育てている。

古川さんが副業に農業を選んだ理由は「後継者が不足する地元の農家に貢献したかった」からだ。活動を続けるなかで様々なメリットを実感している。時給制で、副業で稼いだお金は7歳と4歳の子ども2人の教育費の足しにしている。家族と過ごす時間を確保するため、参加するのは1カ月あたり3回程度、1日8時間程度に抑えている。

金銭的なメリットだけではない。新型コロナウイルス禍で在宅勤務が続くなか、「朝から太陽の光を浴びながら体を動かすことは、心身のリフレッシュにつながる」(古川さん)。農作業に必要な体力をつけるためにランニングも始め、健康な体づくりに向けた好循環も生まれた。

異なる業態で従業員の成長期待

同社は昨年から従業員の副業を解禁している。競合他社での勤務など利益相反につながったり公序良俗に反したりする副業は禁止しているが、「農業はいずれのリスクも低い」(同社人事総務部マネージャーの真野祐子さん)。

大阪府には副業やボランティアなどで農業に参画する企業と農家をマッチングする制度がある。同社はこの制度に応募し、富田林市の農園と協定を結んで従業員に紹介している。真野さんは「農業の現場で働けば、同じ食を扱う自社の経営に役立つアイデアをつかむ一方、企業の視点も農場に伝えられれば、従業員が成長する機会になる」と期待する。

20~30代の若い男性も

求人システムの運用や開発を手掛けるアグリトリオ(愛知県豊橋市)は6月、農家と働き手をアプリでマッチングするサービスを始めた。同社のサービスに登録している働き手は、11月中旬時点で約7000人いる。実際に農場で働いた人がSNS(交流サイト)に投稿して口コミなどで広がったことにより、登録者は当初の目標の2倍近いペースで増えているという。

その中心は30~50代の専業主婦や定年退職したシニアだが、同社社長の石川浩之さんは「副業解禁の流れのなかで20~30代の若い男性の登録も増えている」と話す。ホテルの料理人が食材の知識を深めるために参加するなど「目的意識を持って副業としての農業に参加している人も多い」(石川さん)という。

自治体も相次ぎ解禁

自治体も職員向けに農業を副業として解禁し始めている。和歌山県有田市は昨年9月、ミカン農家での副業を解禁。今年10月には青森県弘前市がリンゴ農家での副業を解禁した。

地方公務員法では副業が厳しく制限され、農業は自宅に田畑を持つ職員が兼業農家として小規模に営む程度だった。有田市や弘前市が解禁に踏み切ったのは、自治体の基幹産業の振興につなげたいことが理由だ。副業が限られる公務員の収入の一助にしてもらうことをきっかけに、将来的な地元の農業の担い手になってほしいとの期待がある。

資材や農具などシェア

農業を副業にする仕組みが登場するなか、初心者の農業への参加を後押しするサービスも登場している。

アグリトリオは初心者でもわかりやすいよう、農作業の手順をアプリの動画や静止画でマニュアルとしてまとめている。

貸農園を運営するアグリメディア(東京・目黒)の「シェア畑」には資材や農具なども用意してあり、初心者の参加も目立つ。「なかには貸農園で作業を学び、将来的に副業にしようとする人もいる」(同社)という。

参入希望者が働きやすい環境を

農業を担う人は年々減っている。農林水産省によると、主に自営農業に従事している農業者は1990年には約292万人だったが、2020年には約130万人と半分以下に減少した。コロナ禍で外国人の技能実習生の入国が制限されたこともあり、担い手不足に悩む農家も多い。国は入国制限の緩和にかじを切ったが、国際的に外国人の人材争奪戦が激しくなるなか、農業を志向する潜在的な国内の人材の参入を改めて重視している。

兼業農家も一種の副業といえるが、「地縁や血縁に基づき、家業として従事する兼業農家は今後の増加が見込めない」(アグリメディア研究所所長の中戸川誠さん)。農業を副業とする人が農業人口を補えるほどのボリュームにならないとしても、「都会と地方を行き来する人など希望者が働きやすい環境整備が重要だ」と中戸川さんは話す。

(荒牧寛人)

[日経電子版 2021年11月18日 掲載]

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