
「35歳になったことをきっかけに40歳までの間にキャリア選択を見直したい」という転職の事前相談を受けることが増えています。「人生100年時代」と言うキーワードと「45歳早期退職」というニュースを同時に目にする中で、仕事人生の真ん中を迎える前に、長期設計を考え直したいというニーズが増えていることを実感します。今回は、ミドル世代のキャリア選択について考えてみたいと思います。
自分の人生を本当に自分で舵取りできていますか?
人生を自分で舵取りできていますか。会社などの他者に自分の未来を預け過ぎていませんか。
転職相談の前段でこんな質問をすると、「そんなことはないと思うが、よく考えたらそこまで自分の意思を前面に出せていないかも……」と答える人が結構います。
また、転職活動を始めたきっかけを質問すると、会社の業績が厳しくなったからとか、今の上司と合わないからもうやっていけない、本意でない仕事に異動を命じられたなど、自分起点ではなく、会社や環境が起点となってアクションを起こさざるを得なくなった人たちのほうが多いという現実もあります。
自分起点で動こうとした人よりも、受動的な理由で転職を考える場合、準備不足であったり、精神的に焦ったりすることも多く、転職そのものの満足度が高くなかったり、あるいは転職してもすぐに転職を繰り返したりという事態を招くことがあります。自分の人生に関する意思決定を、自分主導で行うことは、幸福度を大きく左右することにつながります。
学生時代の就職先選び、入社後の人事異動、昇進・昇格、キャリアの節目となる大きなできごとについて、「なんとなく」とか「会社の意向で」など、自分が自分で意思決定したわけではなく、自然な流れで過ごしてきたという人も多いのではないでしょうか。
仕事の目標設定などもこれと同じで、自分の能力や実力に合わせた目標設定ではなく、組織全体の最適性と調和をもとに与えられた目標に慣らされてしまっているということはありませんか。
自分で大きな決断をしなくても、それなりにライフイベントを積み重ねていけてしまう。ここに会社員としての働き方の大きな落とし穴があります。
うまくいく人は「与えられた目標」で満足しない人
ある東証1部上場の商社で、コンスタントにトップクラスの成績を継続していた営業マネジャーにインタビューしたことがあります。その人は若手のころから会社に与えられた目標は気にしていませんでした。ノルマを達成して上司に褒められることなど、全く興味がなかったそうです。いくら変わり者と呼ばれても、彼の中には、自分なりのものさしがあったのです。自分の能力の限界を自分で試すために自分で目標を立てていたという話がとても印象的でした。もしかすると、周囲との協調性を欠く傾向があるのかもしれませんが、自分の人生を自分で舵取りしている人の象徴的なケースだと思います。
これも転職相談の場での話ですが、転職先の業界や企業、職種を選ぶときに、「今までやってきたことの延長だけで考えるのではなく、10年後の自分がどうなっていたいかを考えて、そこから逆算する方法も検討してみませんか?」と提案することがあります。
「10年後の未来なんてどうなるか予想もできない」という反応をもらうことが少なくありません。その気持ちはとてもよくわかります。一般的に10年後の未来は、とても遠いことだと思って当然だと思います。しかし、逆に自分の10年前はどうでしょうか。10年前、自分はどこでどんなふうに過ごしていたのか。どんな仕事をして、どんな成果を出し、どんな課題を抱えていたのか。どんな学びや自己投資をし、どんなプライベートを送っていたのか。意外に最近のことのように感じることはないでしょうか。
もしかすると、「意外に自分は10年前とあまり変化していないな」という気づきを得るかもしれません。このまま何もしなければ、10年後にも同じような思いを持っている可能性があるということです。逆に10年後にこうなっていたいな、こうなっていそうだな、ということがわかっていれば、今の自分に何が足りなくて、何をしなければいけないのかも見えてきます。
もし、10年前、10年後というのが離れすぎているのであれば、3年前と3年後でもいいでしょう。いずれにしても知ってほしいのは、時間はあっという間に過ぎていくということ。そして、思った以上に仕事人生に残った時間は多くはない、ということです。
未来をできるだけ具体的に描いておく。そのための計画を考え、アクションに落とし込んでいく。そうすることで、多少なりとも戦略的に生きていくことができるようになります。
35歳はキャリア前半を振り返る適齢期
就職して10年以上を駆け抜け、管理職になったり、現場第一線のスペシャリストになったりする35歳前後の年齢は、キャリア前半を振り返るにはちょうどいいタイミングです。少しずつ日常に埋没しかけている自分を、もう一度冷静に振り返り、キャリアの後半戦をどう生きていくのかを考えるべき時期でもあります。
自分が仕事で得意としていること、好きなこと、周囲から褒められたこと、ガッツポーズをした瞬間など、仕事生活で充足したことや高揚したことを、まずはランダムでいいので思い出してみましょう。次に、それとは逆に、仕事上で落ち込んだことや失敗したことなどマイナスのエピソードも思い出してみてください。
一通り振り返ったところで、できれば、ノートを1枚破って、真ん中に横一線のゼロ地点の線を引き、就職してから現在までの自分自身のモチベーションの上がり下がりを曲線で書いてみてください。自分の仕事人生の最高のタイミングはどこなのか、それをもたらした出来事は何か。あるいは、それを反転させたエピソードとは、どのようなものなのか。
キャリアのモチベーショングラフを作ってみると、改めて自分の人生の上がり下がり、山と谷がはっきりと見えてきます。ただ、このグラフは作って眺めておしまいではありません。このグラフを自分で眺めながら、自分はどんなときに気持ちが高まるのか、どんなときに気持ちが落ち込んでいくのか、その傾向値を探ってみてほしいのです。
思考の癖を知り、自分を突き放して見る「客観化」を身につけることができれば、自分を本当の姿を知るための大きな武器になります。このグラフは、その手がかりとして重要です。
社会人として一通りの経験を積んでくると、それが逆に偏見や固定観念など、認知バイアスを生むこともあります。特に成功体験や失敗体験は「こうでなければいけない」とか「こうやると必ず失敗する」というように、ものの考え方を固定的にしてしまい、柔軟性を喪失していく原因となります。年齢を経ても柔軟な発想を持ち、優れた結果を残している人たちはみな、バイアスや固定概念を打ち消す努力をかなりしています。
社会人経験を通して培ってきた判断力には、正しい側面もある一方で、偏見になっていることもあるのではないか。自分の判断を疑い、柔軟性を維持することもぜひ忘れないでください。
最後に、35歳までの仕事経験を通じて、自分なりに考える理想の仕事を考えてみてください。縦横2軸のマトリックスで、左右の軸を「組織で成果を生む仕事に強みがあるのか、個人で成果をあげることが得意なのか」と置き、上下に「自分が強みを発揮できるのは運用的な仕事か、創造的な仕事か」を置いて4つの象限を作ります。
(1)創造的な仕事で組織成果を生み出す人
高い専門性と事業運営に関わるスキル・経験を持って、新たな経営課題・事業課題に対応、あるいはもうかる仕組みを生み出すタイプ
(2)個人の専門性を生かして組織成果を最大化する人
高い専門スキル・ノウハウを活用して事業に必要な専門性を提供するタイプ
(3)運用のプロとして組織成果を生み出す人
既存の仕組みの中で、組織として業績を拡大したり、仕組みを持続させる実行者タイプ
(4)個人の技量で事業の基盤を支える人
既存の仕組みの中で、定型的業務を遂行し成果を上げていくタイプ
あなたはこの中で、どのゾーンの仕事を強みとしているでしょうか。また、この先はどのゾーンの仕事をしていきたいでしょうか。
単にこれまでやってきたことだけにしばられるのではなく、たとえば45歳までに自分がどうなっていきたいのかを考えて、そこから逆算してキャリア設計をしていく方法があります。ぜひこんな観点も参考に、35歳からのキャリアを見直してみていただければ幸いです。

黒田真行
ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。2019年、中高年のキャリア相談プラットフォーム「Can Will」開設。著書に『転職に向いている人 転職してはいけない人』、ほか。「Career Release40」 http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 「Can Will」 https://canwill.jp/
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年09月24日 掲載]