コロナが背中を「どついた」 米子で見つけたものとは?

東京Escape

ソフト開発のIDホールディングス(HD)は新型コロナウイルス禍の中、中核会社の本社機能の一部を鳥取県米子市に移した。すでに技術者が駐在し、感染も抑え込まれていたからだ。鳥取では珍しい東証1部のIT企業の移転に、地元の期待は盛り上がる。東京から出た先で出合ったものとは何だったのか。

「東京と同じレベルの仕事を」

「東京と同じレベルの仕事がやりたかったんです」。IDHDの中核企業、インフォメーション・ディベロプメント山陰BPOセンター(米子市)で働く持吉はるかはそう話す。地元新聞の記事で、同社が本社機能の一部を米子市に移管すると知った。

持吉は夫の転職を機に、米子市で新しい職場を探した(鳥取県米子市)
持吉は夫の転職を機に、米子市で新しい職場を探した(鳥取県米子市)

夫の転勤で西日本の中小企業を転々としてきたが、曖昧な業務手順や閉鎖的な社風が肌に合わないと不満を感じていた。持吉が理想の勤め先として思い描いていたのは、過去に働いた東京の大企業。「仕事の進め方が明確で、社員教育も充実していた」と振り返る。インフォメーション・ディベロプメントは「理想に近い」と、迷わず門をたたいた。

それから半年余り。「業務の集中する月末は大変で。今はまだ必死ですけど、もっと仕事を回せるようになりたい」と充実感を感じている。

「後戻りできないところまで」

IDHDは2020年春、突然のパンデミックで中国の武漢拠点が出社不能になった。日本でもリモートワークを強いられ、働き方の大胆な変化を迫られた。社長の舩越真樹が1度目の緊急事態宣言が明けたばかりの5月に始めたのが、「ニューノーマル・プロジェクト」だった。

IDホールディングス社長の舩越
IDホールディングス社長の舩越

「二度と後戻りできないところまで進める」との大号令の下、ペーパーレスや印鑑廃止、時差出勤を一気に進めた。東京一極集中の見直しも議題になった。技術者駐在の実績があり、感染が抑え込まれていた米子市が候補地に浮上した。

「新型コロナが背中を押した。いや、背中を『どついた』ですね」。そう舩越は表現する。

「逃げた米子で花が咲く」

「山陰の大阪」とも呼ばれる商都・米子。日本海に通じる舟運で栄え、米子城下で出身地も職業も違う様々な人々が交差した。近代に入っても高速道路や鉄道網、空路が絡み合う交通の要衝となった。

「逃ぎょい逃ぎょいと米子に逃げて、逃げた米子で花が咲く」――。山陰地方に伝わる俗言だ。様々な人々の思いを受け入れる開放的な風土をつくり上げてきた。

だが、市の年齢構成を見ると、21年9月末時点の生産年齢人口(15~64歳)の比率は57.6%で、10年前から4.2ポイント減った。65歳以上の高齢者は29.3%で、5.4ポイント増えた。

15万人弱の人口は最近20年間、ほぼ横ばいが続く。市内の住居に格安料金で最大3カ月住める「お試し住宅」などの移住促進策で、人口減少をなんとか食い止めている。

見知らぬ社名だったが

そんな折の、インフォメーション・ディベロプメントの米子移転。鳥取県では珍しい東証1部のIT企業とあって、地元での注目度は高い。採用説明会は求職者であふれ、これまでに130人を超える応募があった。

人材不足が慢性化する東京を出て、山陰の眠れる人材を発掘する。20年10月、4人で開所したインフォメーション・ディベロプメントの「米子本社」は、この1年間で26人まで増員した。22年春には新卒採用で米子市出身の2人も入社する。

「職場の人間関係がつらくて、もう転職したいなって」。山陰BPOセンターの今岡真理子は20年10月に開所した「米子本社」の初期メンバーの一人だ。前職の話題に水を向けると、伏し目がちになった。

今岡は本社機能の移管当初から働いている(鳥取県米子市)
今岡は本社機能の移管当初から働いている(鳥取県米子市)

転職を決意した20年夏、インターネットで目にした求人に飛びついた。見知らぬ社名だったが「先進的なIT企業なら前職の苦労はないのかも」。帰宅後は2人の子どもを世話しながら、資格勉強にもいそしむ。忙しい毎日でも、同僚と気軽に話せる職場が気に入っている。「人間関係でつらい思いをしてきたけど、入社を決めて良かった」

新天地を目指す企業と、愛着のある地元で今までとは違う環境を求める人。その出合いで新たな化学反応が生まれ始めた。

東京を出て気づいた「成長痛」

「『海』『山』だけでは移住の決め手にならないのではないか」。「脱東京」の受け手になる米子市も変わろうとしている。子連れの移住者には学童保育や進学塾、スポーツクラブを考慮して街中の居住地を紹介。製造業に偏りがちだった企業誘致を見直し、IT企業にも熱視線を送る。

課題も見えてきた。上場企業のIDグループには、厳しいコンプライアンスやガバナンスの規定がある。微に入り細をうがつルールに、中小企業での勤務経験しかないメンバーが慣れるには時間がかかる。

業務移管を急ぎすぎると、社員研修やトレーニングがおろそかになる。そうした事態を避けるため、今は採用ペースを緩めている。22年秋には現在のオフィスから近い新築ビルへ移り、一段の規模拡大を見据える。踊り場にとどまってもいられず、人事制度や組織体制など基盤づくりが急務になっている。

白砂青松の海岸線と山陰有数の温泉街を擁する古都・米子。「東京とはスピード感の違いもある」と舩越は語る。それは脱東京がもたらした「成長痛」と言えるのかもしれない。

=敬称略

(新田祐司)

グラフィックス 藤沢愛

[日経電子版 2021年10月28日 掲載]

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