注目の淡路島移転から1年 社員は幸せか?

東京Escape

兵庫県の淡路島に本社の主要機能を移転し始めたパソナグループ。2020年9月以降、東京や大阪などから約230人が淡路島に移り住んだ。地元採用や近隣地域から通勤する従業員を含め、総勢600人が島内で働く。「東京Escape」の代表的な動きとして世間の注目を集めた移転開始から1年。現地の実情はどうなっているのだろうか。

コロナ拡大が背中押す

早朝、淡路市内の海沿いを歩く。パソナグループ代表の南部靖之は徒歩で通勤する。自宅から、元物産店を改装したオフィスビルまでは約40分。淡路島に移住した当初は自家用車で通勤していたが、今は健康管理を兼ねて歩いている。「市民に顔を知られるようになり、身なりもしっかりしないと」と南部は話す。

東京への一極集中を避けることを目的に決めた、淡路島への本社の主要機能の移転。以前から進出していたことに加え、近隣に複数の空港があることが決め手となった。南部は11年3月に起きた東日本大震災の時にも移転の考えを持っていたが、準備の時間的な制約があり、最終的に踏みとどまらざるをえなかった。

ここ10年、移転の好機を探っていたなか、新型コロナウイルスの感染拡大が南部の背中を押した。移転開始から1年がたち、南部は「予想以上に良い。東京には全然行っていない」と強調する。

成果の一つが社員の働き方や健康面の改善だ。島内で働く社員のサービス残業がほぼなくなった。通勤時間や飲み会も減り、家族との時間が増えた。ストレス軽減や減量につながった社員は多い。自然豊かな環境が支えとなり子供のアレルギーがなくなったとの声も聞かれる。

通勤がストレス発散に

経営企画部ゼネラルマネージャーの岡田智一も移住効果を実感する一人。新型コロナの影響で在宅勤務をしていた際、働く場所や子育て環境を真剣に考えた。「東京では外を見てもマンションやオフィスビルばかり。自然に囲まれた場所で働く方が子供にとっても良い」。そう思い、20年9月に家族3人で移り住んだ。

職場には託児所が併設されている
職場には託児所が併設されている

東京では満員電車に揺られ1時間ほどかけて通勤していた。岡田は「今は車で通勤する際の15~20分の運転は逆にストレス発散になっている」と話す。

自宅の広さは3LDK。東京の1LDKから広くなったが、家賃は補助を含め半分程度で収まる。仕事では新しい働き方の提言や女性活躍に関する企画などをはじめ、新しいアイデアを提案し形にする日々だ。岡田は「東京の時と比べ、オンとオフの切り替えができている」と充実感をにじませる。

本気度が伝わったのか

パソナが淡路島に進出したのは08年。就農支援に取り組み、12年には廃校を活用し地元で育てた農産品を販売する施設を開業した。現在は島内で宿泊施設や観光施設など27施設を運営する。地元住民の雇用や自治体の税収面で貢献してきた自負はあったものの、南部は「地元との接点は個人的な付き合いにとどまり、会社としての交流は乏しかった」と認める。

本社機能の移転や新オフィスの建設計画で本気度が伝わったのか、課題の一つの住宅確保で地元がパソナを後押しし始めた。住民が土地を探し住宅メーカーが建設するなど、支援の輪が広がっている。この1年で約290室を借りたが、24年5月期までに計1200人が移住予定で住環境の整備は欠かせない。地元の協力で約150室のメドは立ち、行政の理解も得ながら住宅確保を進める。

経済はじわじわと衰退

東京から約600キロメートル離れた淡路島はどんな場所なのか。瀬戸内海で最大の島で、広さは592平方キロメートル。東京23区と似たような広さだ。淡路市と洲本市、南あわじ市の3市からなり、約13万人が暮らす。

淡路島を中心とする兵庫県のタマネギ生産量は北海道や佐賀県に続く全国第3位。淡路島産のタマネギは甘みがありフランス料理などで重宝されている。三洋電機(現パナソニック)の創業者、井植歳男氏の出身地でもあり、今も流れをくんだ工場や関連施設が多い。

パソナグループの約600人が淡路島で働く
パソナグループの約600人が淡路島で働く

ただ、少子高齢化や若者の転出で地元経済はじわじわと衰退。島内の人口はこの20年で3万人弱減った。全国で太陽光発電所の建設が相次いだ10年以降は、日照時間の長さを期待し、多くの企業が島内に太陽光パネルを設置した。今では島内を回ると太陽光パネルの段々畑が広がっている。

淡路市長の門康彦は「何もしなければジリ貧になるだけだった」と話す。島として、パソナの動きは助けになる。「25年の大阪・関西万博後に撤退するのではないか」とパソナの本気度をいぶかる見方がないわけではない。

世界に「AWAJI」を

だが、住民に聞くと歓迎する声が多い。島内の3市も2月、パソナや兵庫県と連携し、本社機能や拠点を移したい企業を支援する協議会を立ち上げた。パソナの決断を好機と捉える。

富裕層の別荘や島外からの観光客も増えるなか、島の未来をどう描くか。南部は新たな構想を温める。その一つが大学卒業直前に起業した自身の経験をもとに、若い起業家を育成し呼び込むことだ。

パソナグループ代表の南部
パソナグループ代表の南部

22年に淡路市内に完成する新オフィスでは、世界から有望なベンチャー企業を集める絵を描く。島内に若い人材が集いイノベーション(技術革新)が生まれれば、島の魅力は一段と高まり経済も活性化するとの考えだ。国際機関や国際会議も誘致し、世界に「AWAJI」をアピールしていく。

医療・教育に不安も

良いことずくめのように見えるが、淡路島での生活に課題もある。中堅社員は「明石海峡大橋を渡ればよいが、島内の医療体制には不安がある」と吐露する。都市部と比べ教育環境が見劣りする点も否めない。東京などから淡路島への転勤を受け入れるかどうかは、社員の希望によって選べるという。

社内にはまた違った課題がある。社員が東京と比べ南部と直接会う時間が減り、南部が島内を駆け回るためオンライン会議も思うようにできない点という。そこで、大型トレーラーにパソコンやオンライン会議が可能なシステムを備え、いつでもどこでも会議を行えるような仕組みの構築を検討している。

南部は大阪市内で20年代後半に開業が計画されている統合型リゾート(IR)で、「観光客の一部でも淡路島を訪れてくれたら大きい」と期待する。打ち上げ花火に終わらず、この地に持続可能な仕組みを築いていけるか。地方移転を検討しているほかの企業の判断にも、大きく影響しそうだ。

=敬称略

(原欣宏)

[日経電子版 2021年10月26日 掲載]

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