「能登の最北端」に懸ける 都心を離れて得たものとは?

東京Escape

企業が東京を出る動きが広がり始めている。帝国データバンクによると、2021年1~9月に都外に本社所在地を移転した法人数は4142社と、前年を1割上回った。新型コロナウイルスは働き方だけでなく、企業のあり方そのものも変えつつある。「新天地」を求める人たちは何を考え、何を求めるのか。東京から地方に本拠を移した企業の社員らの姿を追い、その答えを探った。

ビニールハウスに並ぶキノコ

多様な景観や独自の文化で知られる能登半島。その最北端にある石川県珠洲(すず)市は、市として本州で最も人口が少ない。全国でも人口の少なさで10番以内に入る典型的な過疎地域だ。医療品原料などを扱う東証1部上場のアステナホールディングス(HD)は6月、東京の日本橋から本社機能の一部を移した。

現地を訪れると、同社の企画総務部で働く冨田遼太朗が、市から借りているビニールハウスを開けた。中には切り株からニョロリと生えたキノコが並ぶ。霊芝(れいし)という漢方薬などに使われる希少キノコという。10月初旬、初の刈り取りを終えた。取引額は一般的なキノコに比べ10倍超にもなる。

「納豆食べていたら入れませんから」。冨田は話す。繁殖力の強い納豆菌などが混入すると、霊芝は育たない。ハウスへの出入りは細心の注意を払う。

栽培をしているのは現地の農業生産法人、ベジュール合同会社(珠洲市)。最高経営責任者(CEO)の足袋抜(たびぬき)豪は「原木を数時間煮沸するなど非常に手間がかかる。試行錯誤している」と話す。

小中高の講座やハーブ栽培も

足袋抜が栽培した霊芝を、冨田は漢方薬メーカーや地元の酒蔵に納入し、加工方法や効能などを検証しながら事業化を目指している。

ベジュール合同会社CEOの足袋抜豪(左)とアステナホールディングス社長の岩城慶太郎
ベジュール合同会社CEOの足袋抜豪(左)とアステナホールディングス社長の岩城慶太郎

アステナが本社機能の一部を移転したのに合わせ、社長の岩城慶太郎ら7人は東京から珠洲市に移住した。冨田もその一人。7月に家族で引っ越してきた。「山も川もきれいで子どもには最高の環境」という。

冨田らが手掛けるのは新規事業の開発。霊芝の事業化だけではない。地元の小中高への講座提供、企業版ふるさと納税の事業化、ハーブの栽培――。社長の岩城からの指示が次々と舞い込む。

東京から珠洲市へは、飛行機と車を乗り継ぎ約2時間。「能登半島の最北端」という言葉から想像するほど遠くはない。ただ、人口が約1万4000人と少ないうえに、高齢化率は約5割。少子高齢化は顕著だ。

「僕にしかできないお返し」

なぜアステナはそんな地に本社機能の一部を移したのか。岩城と珠洲の出合いは偶然だった。航空券のマイルがたまり、なんとなく来た5年前の冬。東京で生まれ育った岩城は、寒風が吹く日本海の風景に魅了された。「だーれもいない。自然の音しか聞こえなかった。東京ではありえないでしょ?」

能登半島最先端にある禄剛崎灯台(石川県珠洲市)
能登半島最先端にある禄剛崎灯台(石川県珠洲市)

岩城のその時の思いが、最大の理由と言えば理由だった。岩城はその後、月1回、珠洲に通い続けた。白菜、アワビ、漬物――。地元の人からのお裾分けが増えていった。「珠洲をサステナブル(持続可能)な形で残すという、僕にしかできないお返しができないかと考えた」

そんな折、新型コロナウイルスが広がった。岩城が珠洲にいた20年3月、東京で最初の緊急事態宣言が発出された。帰れなくなり、4週間ほど珠洲で過ごした。

会社はテレワークが当たり前で仕事は支障がなかった。ところが「実働3割の時間しか仕事がなくなり、めちゃくちゃ不安になった」(岩城)。東京にいた時、岩城の労働時間は月400時間を超えていた。

月430時間×7割=月約300時間

岩城はコロナ禍前の手帳を見返してみた。労働時間と思っていたうちの7割は、移動や会食、取引先などとのゴルフに充てられていたことに気づいた。月430時間×7割=月約300時間。これをもっと違うことに生かせるのではないか。それが岩城が珠洲に居を移したもう一つの理由だった。

アステナホールディングス社長の岩城
アステナホールディングス社長の岩城

珠洲では、岩城と同世代で全国規模で活躍する人が何人かいた。霊芝栽培を手伝う足袋抜もその一人。梅雨の影響をほとんど受けない珠洲の気候を生かし、サラダ用野菜「カリーノケール」を栽培した。年間を通じて安定供給する体制を築き、今は大手コンビニチェーンに納入している。

大野製炭工場の大野長一郎は、茶道用の最高級の炭をつくる。一般的な炭価格の約3倍で取引され、1年待ちでもファンが絶えない。

足袋抜や大野の挑戦を目にした岩城は、「過疎地でも一定規模のビジネスを立ち上げるのは難しいことではない」と確信した。少子高齢化など日本が直面する課題を先取りしている珠洲だからこそ、SDGs(持続可能な開発目標)の新たな事業を「年15件、3年で約50件立ち上げる」と自ら目標を掲げた。

珠洲で築いた道を広げる

岩城を突き動かした一人である大野。炭焼き職人を集落に集め、年商1億円を目指す「炭やきビレッジ」構想を掲げていた。そこにアステナが最高財務責任者(CFO)を派遣し、9月末、事業会社を設立し構想は具体的に動き始めた。

大野は「消えそうな集落を未来につなぎたいという自分の思いと、(岩城の)考え方が合致した」と語る。

アステナホールディングスの社員(石川県珠洲市)
アステナホールディングスの社員(石川県珠洲市)

少子高齢化で過疎に悩む自治体は全国に約400あるという。珠洲で持続可能な道を築き、そのやり方を横に広げていけば、100億円ほどの新規事業に育つと岩城は考える。

地域の資本や他の大企業も巻き込もうとしている。北国銀行と6月、奥能登の地域活性化事業に投資する10億円ファンドを設立した。事業構想大学院大学(東京・港)の支援で花王などと同月、新事業のプロジェクト研究会をつくった。そこから出たアイデアに出資をしたいと思っている。

同族企業から脱皮する覚悟

アステナHDの旧社名はイワキ。創業108年目の老舗で、岩城は創業家出身の4代目社長だ。岩城は6月、コロナ禍を機に社名を変えた。同族企業から脱却し、明日をサステナブルにするという意味の「アステナ」を新たな社名に選んだ。

主力の医薬品事業は堅実だ。だが、持続可能な企業となるには新しい軸が必要と考えた。その決意表明が社名変更と、本社の一部移転だった。創業家には一大事だが、先代の父親には相談しなかった。それは同族企業から脱皮する岩城の覚悟でもあった。

珠洲ESGオフィスで働くアステナホールディングスの社員(石川県珠洲市)
珠洲ESGオフィスで働くアステナホールディングスの社員(石川県珠洲市)

東京に残った社員はやりづらくないのか。経営管理部の管理職社員は「オンラインで話ができれば支障はない」と言う。アステナは18年から、将来を見据えてテレワークを進めてきた。役員会も完全オンラインで、役員もほぼテレワークになっていた。

にもかかわらず、情報システム部の中野雅広は7月、自発的に珠洲に移住した。「完全テレワークだから、働く場所はどこでもよかった。田舎で暮らしてみたかったから」と話す。

「住民は正直まだ半信半疑」

珠洲オフィス責任者の杉浦稔彦は「転勤手当や社員寮など社内制度整備を急ぎ進めている」という。東京か珠洲、社員がどちらでも好きなオフィスを自由に選べるよう制度設計を進める。部署にかかわらず約3割の社員が珠洲で働くイメージを描く。

受け入れる側はどうか。「本当にうれしかった」と話すのは珠洲市長の泉谷満寿裕。人口減少に打つ手がなく歯がゆさを覚えていたが、「通信技術の進化で地理的なデメリットを補える時代が来ると信じていた」。

一方で、ある市民は言う。「住民は正直まだ半信半疑。本当に定着するのか、お手並み拝見という感じかな」。新天地で持続可能な存在として受け入れられるのか。それは岩城たち自身も問われている。

=敬称略

(京塚環)

[日経電子版 2021年10月25日 掲載]

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