YKKグループは2022年3月期から、国内で65歳を上限としていた定年制を廃止した。売上高の6割を占めるアルミサッシ会社、YKKAPの堀秀充社長は、シニアの経験を工場の安全性向上などに生かすと言う。ネットにつながるコネクテッド関連商品の強化に向け、電機業界などからベテランを受け入れる手段にもする。

――定年制の廃止を決めた理由を教えてください。
「グループには創業家出身の吉田忠裕・現YKK相談役や私を含め、米国の経験が長い人が多い。米国に定年がないのに、日本になぜあるのかと思ってきた。撤廃しようと制度設計を進めた結果、今期の開始になった。たまたま(70歳までの就業機会確保の努力義務を課す)改正高年齢者雇用安定法が4月に施行されたのと重なった」
「YKKAPには国内に約1万2000人、60歳代で950人の従業員がいる。早ければ23年3月期から定年廃止で65歳を超えて働く人が出るだろう。社員の希望を聞き、65歳以降の働き方を決める。出勤は週に2~3日でもいい。体調や家族の事情も様々だし、平日にゴルフや旅行をしたい人もいるだろう」
――シニアをどう生かしますか。
「製造現場では安全や品質の管理だ。日本では現場力が落ち、(他社では)災害につながっている例もある。40年以上の経験を持ち、音やにおいで変化を察知するプロの力は貴重だ。生産性向上など事業遂行の中核は工場長の仕事。シニアには工場を横から見るような視点で、問題を指摘してほしい」
「営業では顧客との関係維持を担う。今も支社長経験者などを対象とする『顧問』が存在する。各地域で顧客と定期的に接触し、我が社のファン作りをしており、今後もこうした仕事をしてもらう。営業戦略などには関与しない。製造、営業とも権限や給料は減るが、肩書などに配慮し、対外的に恥はかかせない」
――中堅や若手の士気が落ちませんか。
「社内には定年廃止で社員の平均年齢は上がるが、管理職の平均年齢は下げると宣言した。社員の平均年齢は男性で42.8歳、女性は40歳。管理職はそれよりも上だが、早いうちに逆転させたい。現在は管理職の若返りを図っている。特に50歳代前半の男性にはきつい話になってくると思う」
――生産設備から建材に使う小さなネジまで、内製化しています。定年廃止は技術の流出を防ぐ狙いがあるのでは。
「むしろ逆で、他社を定年退職した人を受け入れたい。建材もコネクテッドのノウハウが欠かせない時代だ。IT(情報技術)や電装に強い電機メーカーのベテランに入社してもらっている。素材の企業には定年後も働きたい人を紹介してほしいとお願いしている」
――サントリーホールディングスの新浪剛史社長が45歳定年制を提唱しました。YKKグループは逆の動きをしています。
「会社にベタベタせず、外に打って出ろという趣旨は理解できる。ただ、日本では全体の1割くらいのエリート層にしかあてはまらない話だろう」
「製造業であるYKKAPでも集団での戦い方が身に付き、とがった人材が出ていないのは事実だ。アルミサッシを不要にするゲームチェンジャーが出てきたらと考えると怖い。我々がゲームチェンジャーになれる人材を育てたい」
――どう進めますか。
「10月1日付でCHRO(チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー、最高人事責任者)職を設け、副社長を就けた。職場内訓練(OJT)ではなく留学などのキャリアを積ませ、様々な挑戦をさせる。人材の歩留まりは考えず、会社を辞めても仕方がないと思って育てる」
会社全体の変革の契機に
「YKKAPは余命3年」。堀社長は国内アルミサッシ事業の成長の難しさをこう表現した。定年廃止も単なるシニア雇用の話ではなく、管理職の若返りを含めた人事制度の改革の一環だ。外部の人材を受け入れて、商品開発や技術を変革する。
「ベテランのプライドがなくなるような処遇はしない」が、「老人がはびこる会社になるのが一番怖い」とも話した。若手や中堅の活力をそがないような制度運用が必要になる。ちなみに、社長のポジションには65歳の上限年齢が存在する。
(国司田拓児)
ほり・ひでみつ 1981年慶大経卒、吉田工業(現YKK)入社。米国法人の上級副社長などを経て06年YKKAP経営企画室長。11年から現職。福岡県出身。63歳
[日経電子版 2021年10月13日 掲載]