早期定年の大前提 不惑でも「学び直し」が生きる道

物議を醸している「45歳定年」。この議論には「会社を辞めた後に、新生活に向けて『改めて働く』ためのスキルをどう身につけるか」というリスキリング(学び直し)の観点が不可欠だ。

リスキリングに取り組む企業は少数派

ただ、リスキリングに対する認知度は高いとは言えない。人材紹介・転職支援サービスを手掛けるワークポート(東京・品川)が8~9月に実施した調査によると、回答者の71%がリスキリングという言葉を「知らない」と答えた。なぜリスキリングは浸透していないのか。

理由の一つとして、「どうリスキリングを行わせるか」が明確になっていない点がある。リクルートワークス研究所主幹研究員の石原直子氏は、「北欧では会社を辞めて大学などで学び直す仕組みが整っているが、日本の教育制度はそのようになっていない。必然的に仕事をしながら学び直すしかないが、会社が長期的に雇用を保証してくれると個人が考えるなら、このようなインセンティブは生じづらい」と話す。

リスキリングの機会を用意する企業は少しずつ増えている。例えば塩野義製薬は、希望する社員が週休3日を選べる制度を2022年度から始める。大学院での学習を想定しているほか、スキルを身につけるための副業も解禁する。みずほフィナンシャルグループも、既に週休3日や4日で働ける制度を導入している。

ただ、こうした先端的な取り組みを実施する企業はまだ少数だ。日本総研シニアマネジャーの太田康尚氏は、「従業員に応じたリスキリングのシステムをどう導入するかが課題だ。早期定年の導入自体は現実的ではないが、この議論がそうした動きの加速につながる可能性はある」と指摘する。

「何を学ぶか」が明確でないのも課題だ。リスキリングは長く働くためのスキル習得ではなく、デジタル化への対応という文脈で語られがちな傾向がある。東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之氏は、「デジタル化などによる技術革新が学び直しの時期を早めたのは確かだが、かといって全員がプログラミングを学ばなければならないわけではない。大事なのは、事業モデルの転換に対応してどのような能力を開発させるかだ」と話す。

リクルートワークス研究所の石原氏は「そもそも従業員が自分にどのようなスキルが必要なのかを考える機会が不足している。メンバーシップ型の人事制度においては、スキルは『暗黙知』という形で曖昧になっていた」と話す。どの職務にどのようなスキルが必要か、企業が明示するのが望ましいと言えそうだ。

コストを誰が負担するかも重要だ。東京大学大学院の柳川氏は、「リスキリングを行うかが自己責任では困る。企業だけではなく、国も含めた社会全体のサポート体制の構築が必要だ。補助金の拡充も求められる」と強調する。

とはいえ、環境整備は道半ばだ。こうした中、自発的にリスキリングに動こうとする人も少しずつ増えている。ワークポートの調査では回答者の85%がリスキリングを「受けたい」と答えており、潜在的需要は高い。ファイナンシャルプランナーの山崎俊輔氏は、「現状では、働きながら学び直すのは難しい。投資によって資産を築き、早期退職する『FIRE』の動きが広がっているのは、いったん仕事を辞めてでもそこから学び直し、リスタートするための時間と費用を作るという観点からも注目される」と指摘する。

岸田文雄首相は3月、菅義偉前首相に学び直し支援策「GoTo学び直し」を提言している。コロナで雇用の安定性が揺らいでいることが提言の背景にある。こうしたこともあり、リスキリングをどう進めるかの議論は、新政権下で一段と進む可能性がある。

FIREし「好きな仕事」で生きる

「45歳定年」時代において、個人の生き方はどう変わるか。リスキリングによって新たなスキルを身につけ、転職によって長く働くことが可能になったとしても、多くの場合は収入の減少が避けられない。いつまで生きるか不透明な「長生きリスク」を考えると、資産形成の重要性はこれまで以上に高くなっている。

投資によって十分な資産を作り、早期退職する「FIRE」(Financial Independence, Retire Early)が若年層の間で広がっているのは、ある意味「45歳定年」を自発的に先取りした動きとも言える。自身も43歳で早期退職した専業投資家のたぱぞう氏(ハンドルネーム)は、「資産形成は生きる上でのリスクヘッジという認識が広がりだした。終身雇用制度が機能不全に陥る中、資産形成に必要な投資は働き続けるために必須のスキルだ」と話す。

FIREは会社を辞めて自由になるための手段と捉えられがちだが、近年では「働くことを前提としたFIRE」を志向する動きが強まってきた。

在宅支援事業などを手掛けるネクストライフ(東京・品川)が6月に学生・社会人100人を対象に実施した調査によると、FIREに関心があったのは全体の78%。このうち、63%がFIRE後も働くことを想定している。「コロナ禍を機に働き方が多様化したことで、FIREが自分らしく働くための手段として再定義されつつある」(ネクストライフ)という。ファイナンシャルプランナーの山崎氏も「投資で作った資産を支えに、収入が落ちても好きな仕事を長く続けるという自由が生まれる」と指摘する。

そもそも、人生100年時代といわれる状況で、退職後に働かないで生きることのハードルは高い。「早期定年であれ、FIREであれ、45歳以降一切働かないで生きるのには約1億円の金融資産が必要。割増退職金をもらってもまったく足りない」(山崎氏)

お金の不安がなくなれば、働くことの目的も変わるかもしれない。東京大学大学院の柳川氏は、「若い人を中心に社会貢献の意識が高まっているとされるが、それは中高年でも同様だ。会社を離れ、社会貢献的な仕事に自分のスキルを生かそうとする動きが、今後広がってくるのではないか」とみる。「45歳定年」は、会社がどうあるべきかだけでなく、個人がどう働き社会に関わるかという問題も提起しているといえそうだ。

(川路洋助)

[日経ヴェリタス2021年10月10日号]

[日経電子版 2021年10月12日 掲載]

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