45歳定年論争が迫る「いつかは管理職」幻想への決別

「45歳定年」が物議を醸している。「中高年のリストラを加速させる」との批判がある一方、「高齢化時代の働き方の問題提起だ」と評価する声も出ている。どのような論点があるのか、専門家に聞いた。

リストラ策か末永く働く知恵か

「45歳定年」問題に火を付けたのは、サントリーホールディングスの新浪剛史社長だ。9月上旬の経済同友会のセミナーで、新浪社長は「個人は会社に頼らない仕組みが必要」と述べ、45歳定年を提唱した。

これに対しては、インターネットを中心に「体のいい中高年のリストラ策だ」との批判が広がった。一方、専門家の間では、終身雇用制度が機能不全に陥る中で「どう長く働ける環境を作るか」を問うものと、議論のきっかけ作りとして評価する声が少なくない。

早期定年は新しいアイデアではない。2012年、政府のフロンティア分科会では、「40歳定年」で雇用を流動化する改革案が盛り込まれた。この案を提唱した東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之氏は「デジタル化などの技術革新が進んでいることもあり、一つの会社で働き続けることは難しくなっている」と背景を説明する。

柳川氏は、「長く働くためには、人生のどこかでピットストップ(小休止)して次のキャリアに向けた学び直しをする必要がある」と話す。40歳という「定年」後にリスキリング(学び直し)によって得たスキルを生かし、新たなキャリアを始めて高齢になっても働けるようにするというのが、改革案の骨子だった。

生産力と報酬が一致する点が定年とする、米経済学者のエドワード・ラジア氏の理論からすると、45歳前後が適切な定年になっているとする見方もある。リクルートワークス研究所・主幹研究員の石原直子氏は、「日本企業においては、若いときに割安な賃金で雇用され、一定の年齢を境に、本人のその時点での価値創出分よりも割高な賃金を受け取るのが一般的だった。この観点からすると、定年を早めるのであれば、若い時に賃金をより多くもらえるような設計に変えなければならないだろう」とみる。

メンバーシップ型からジョブ型へのシフト

定年を60歳未満にしてはならないとする高年齢者雇用安定法があるため、現状で早期定年を制度化することは不可能だ。にもかかわらず、10年近い時を経て改めて「45歳定年」という形で早期定年が提起された背景には、職務内容を限定しない日本型の「メンバーシップ型雇用」から、仕事内容を事前に定めた「ジョブ型雇用」へと、企業の人事に関する意識がシフトしつつあることがある。

労働政策研究・研修機構研究所長の浜口桂一郎氏は、「全員が管理職を目指すメンバーシップ型の前提は、労働意欲が高く、何でもやろうとする若い新入社員が大量に雇用できるという点にあった。中高年の管理職層の人数も少なく、貢献度合いと処遇をバランスさせる定年制度も機能していた」と話す。ところが少子高齢化の結果、企業内の人口構成は中高年層が厚くなった。「ゼネラリストとして育った彼らの生産性が低いことが、企業の問題意識につながっている」(浜口氏)

ジョブ型への移行の背景にも、従業員の高齢化がある。パーソル総合研究所によると、ジョブ型を導入・検討している企業は回答企業の約6割。この理由として「若手登用の促進」「組織の新陳代謝を促す」と答えた企業は半数近くに達した。

ただ、ジョブ型への急速な移行は困難との見方が専門家には多い。日本総研シニアマネジャーの太田康尚氏は、「日本の教育制度はゼネラリストの育成を前提としたもので、簡単には変わらない。企業もジョブ型を志向し始めているが、スペシャリストの育成と人材の流動化については、企業側の一層の意識改革が必要だ」とみる。

早期定年制についても、メンバーシップ型の人事制度が温存されている限りは、体のいいリストラの口実に使われかねない。

労働政策研究・研修機構の浜口氏は、「45歳定年は60歳定年及びその後の継続雇用と違うことを言っているようで、実は線引きの時期を早めているだけにすぎない。重要なのは、いつ定年とするのかではなく、管理職を目指さない多様な働き方をどう実現するかだ」と主張する。早期定年制をとなえた東京大学大学院の柳川氏も、「人材の流動化による生産性の改善という経営者都合の観点ばかりが、早期定年制の議論において強調された感がある。個人のスキルをどう向上させるかという議論も不可欠だ」と話す。

ここにおいて重要な課題として浮上するのが、会社から離れて働くスキルを身につけるためのリスキリングだ。リクルートワークス研究所の石原氏は「リスキリングの重要性を考えるきっかけとして、新浪氏の問題提起は有意義だった」と評価する。

(川路洋助)

[日経ヴェリタス2021年10月10日号]

[日経電子版 2021年10月11日 掲載]

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