
ベテランが付加価値を提供できる人材として重要な観点は何でしょうか。KPMGコンサルティングで組織・人事分野を手がける油布顕史プリンシパルに、ベテラン人材が陥りやすい行動や言動を例に取り上げながら語ってもらいました。
「うちのベテランは正解を求める人が多い。だから部下は皆、正解を探すようになるんです」「部長は先の結果を見越して部下のチャレンジを認めてくれません」。これは筆者が支援している企業のインタビューで聞いた若手・中堅社員の発言です。最近、このような意見をよく聞くようになりました。
若手の成長の芽を摘むベテラン
日本企業にとって最大の課題はイノベーションの創出です。変化を志向する企業は従業員に現状を変えるべくチャレンジすることを求めています。しかし、現場ではチャレンジを促進するどころか、チャレンジする行動をストップさせる状況が散見され、その要因の一つに組織長を筆頭とするベテラン人材の言動や態度があるように思います。社会・ビジネスの変化が激しく、将来予測が困難になっている今日では現実的で合理的な判断がかえって若手のチャレンジを阻害し、組織の成長スピードを減速させているように見受けられます。
先の組織長やベテラン人材の特性についてさらに観察すると「部門として失敗は許されない」「部下が失敗してほしくない」「どこかに正しい解がある」と考えていることが分かりました。組織長やベテランは長年在籍する会社の組織力学を理解していることも手伝って自分を含めて組織を守る志向になりやすく、「あえて失敗させることが組織としても部下にとっても良い方に働かない」と保守的に考え、配下のメンバーの働きがいを抑制し、緊張感のない組織にしている可能性も考えられます。「過去の成功体験」という強みが弱みに変わってしまう時代に、どう対応していけばよいのでしょうか。
経験が生かしにくい組織環境で、ベテラン人材に必要なことは刻々と変化する状況を受け止めたり、跳ね返したり、適応したりすること(レジリエンス)が不可欠です。例えば、「ものごとや状況を観察する力」「経験則で判断せず、まずは受け入れてみる受容力」「仮説から現状を打開するアイデアを創出する力」「周囲を巻き込む力」「即断し、実行する力」などが考えられます。「観察→受容→仮説→アイデア創出→周囲の巻き込み→即断・実行→考察」といった一連の思考・行動のサイクルを短期間で回し、変化に対応することが重要になります。
というのも、変化の激しい時代は石橋をたたくようにアイデアや施策を検討している間に、状況が刻々と変化してしまうからです。まずは小さいアクションから試し、結果のフィードバックを通じてアイデア・施策を大きくし、失敗を恐れず動き、考えられる人材が求められます。
日本企業はビジネスでの検討の過程で、周囲とのコンセンサスを重視する傾向があります。例えば、プロジェクト推進のプロセスで、「検討・合意(周囲とのコンセンサス)」と「実行」にかける時間を日本企業と欧米企業で比較すると、日本企業はプロジェクトの意義・内容・進め方の合意に多くの時間をかけ、欧米企業は実行にかける時間が多いと感じます。
欧米企業は「まずやってみて、問題が出たらその時に考えればよい(トライアルアンドエラー)」という発想です。変化の速度が激しく不確実な時代は、実行前の準備にかける時間は最小限にとどめ、実行したフィードバックから改善を加えていく方がよさそうです。
正社員の仕事の範囲が狭くなる時代
「労働力」というと、ヒトを主体とした労働を思い浮かべると思いますが、働き方が変化する中で労働力も多様化しています。下の図は企業が事業活動に要する労働力を分類した労働力ポートフォリオです。

これまで企業の労働力は定型業務から非定型業務までの幅広い業務を正社員が担っていましたが(一部の定型業務は契約・派遣社員が補完)、最近はRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)や人工知能(AI)などヒト以外の代替労働力の活用が加速しており、高度なスキルが求められる難易度の高い業務は契約型の高度プロフェッショナル職員が担うといった多様な雇用契約も珍しくなくなると思われます。それに伴い、正社員が担う業務範囲が今より限定的になります。その結果、正社員中心の雇用慣行が次第に薄くなり、与えられる業務や役割に応じて雇用形態が多様化・細分化されると考えられます。
部下に提供できる付加価値とは
労働力が多様化し、正社員の業務範囲が狭くなり、経験則が活用しづらい時代にベテランは何をもって付加価値を提供すればよいのでしょうか。民間企業の調べでは、若手社員ほどシニア人材に対する不公平感が強く、20代の3割が「シニア社員が給料をもらいすぎていると思う」と回答しています。地位や権限による指示・命令だけでは部下やメンバーが積極的に動いてもらえない時代は「あなたの価値とそれを必要としているのは誰か」を明確にすることが大切です。組織がベテランを評価・選定する基準として「提供できる付加価値」を重視している今、資格や技能といった目に見えるスキルのみならず、言動や行動を含めたソフトの付加価値も問われています。顧客に価値を提供し続けなければ会社が存続できないので、確かな価値を提供できる人材が求められているということになります。
前述した企業の若手社員に、チャレンジをサポートしてくれるベテラン・上長の具体的な言動について尋ねたところ、「これまでの経験から得たモノの見方や人脈を提供してくれる人」という回答が多く聞かれました。例えば、メンバーの相談や報告に関して「こういった観点もあるんじゃない?」とか「私の知っている○○さんを紹介するから相談してみたら?」といったアドバイスを提供してくれるということだと思います。こういった助言を通じて小さなアクションを試させ、多少の失敗を容認し、成長させるフォロワーシップ的なサポートが求められています。
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日本企業の従業員は再教育・スキルアップが必要
新型コロナウイルス禍をきっかけにリモートワークが進み、働き方の変化の流れが加速しています。民間企業の調査では、コロナ禍をきっかけにテレワークを始めた人の生産性はオフィスに出社した時を100%とした場合、平均84.1%だったそうです。個人年収への影響は一部の業種を除けば少ないものの、今後も影響がないとは言いきれません。企業は生産性向上のために授業員が働くスキルや意識も変えなければならないと考えています。KPMGが昨年実施したグローバル調査結果によると、従業員のスキルアップや再教育が必要と考える日本企業はグローバル企業の約1.7倍で、回答企業の約半数がその必要性を認識しています。

油布顕史(KPMGコンサルティング)
組織・人材マネジメント領域で20年以上のコンサルティング経験を有する。大手金融機関・製造業・サービス業界の人事改革支援に従事。事業会社、会計系コンサルティングファームを経て現職。組織人事にまつわる変革支援-組織設計、人事戦略、人事制度(評価、報酬、タレントマネジメント)の導入・定着支援、働き方改革、組織風土改革、チェンジマネジメントの領域において数多くのプロジェクトを推進。企業向けの講演多数。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年07月14日 掲載]