あしたのマイキャリア

手つかずの市場を創造 ソートリーダーシップの仕事

注目の「新職種」転職

データに基づいて、新市場の可能性を説く(写真はイメージ) =PIXTA
データに基づいて、新市場の可能性を説く(写真はイメージ) =PIXTA

「考え」という意味の英語「Thought」に由来する新しい職種に「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」がある。自分たちが先駆者となって新しく市場を生み出そうと提案し、実際にマーケットを創造していく仕事だ。「注目の『新職種』転職」連載の第2回では、マーケティング分野で注目が高まるこのソートリーダーシップを取り上げる。仕事の中身や、求められる資質を、グローバル人材の紹介事業を手がけるエンワールド・ジャパンの高田優さんに聞いた。

――ソートリーダーシップとは、どのような仕事でしょうか。

「『ソート(Thought)』とは英語の『考える』という動詞(Think)の名詞です。直訳すると『特定の分野において、ある考えを提唱し、リーダーシップを発揮していくこと』になります。そのときに提唱する考えが、『新しい』ものであることがとても重要です。まだ世の中に知られていないことを先駆者として発信し、新しく大きな市場を作って先行者利益を得ようという試みです」

「例えば、新型コロナウイルス禍でテレワークが普及したことに伴い、多くの企業が情報セキュリティー対策を強化しなければならなくなりました。企業にセキュリティー対策の重要性を訴え、ビジネスチャンスを生み出すことがソートリーダーシップの役割です」

――この職種が生まれた背景は。

「ブルーオーシャン、つまり競争相手がいない新しい市場を作っていかなければならないと、企業が考えていることがあります。レッドオーシャン(激戦市場)で勝ち抜いていくのは、容易なことではありません。とはいえ、既に様々なニーズが満たされている状態であり、広い海は残されていない、あるいは残されていたとしてもニッチな市場で、そこで主導権を握っても大きな利益は見込めません。そこで、次の段階として、『新しく、大きなブルーオーシャンを作り出そう』という考え方が出てきたのです」

「商品マーケティングでも、顧客がまだ気づいていないニーズを発掘し、それに対する顧客の感受性(レセプティビティー)を上げるという考え方があります。例えば『~に困っていませんか?』と提案し、『確かに困っている』と顧客が自覚したところで、『こんな商品がある』と勧めて購入してもらうことです。それを商品ではなく、より大きな範囲で実践するのがソートリーダーシップです。世に知られていない新しい考え方を提唱し、そこに価値を作っていくことによって、『この企業といえば~だ』と認知され、企業のブランディングにつながります」

大切なのは「アンテナの高さ」

――具体的な仕事内容は。

「大きく4つのプロセスがあります。まずは会社の経営部門と連携してソートの分野を決めることです。ただやみくもに新しい考えを提案すればいいわけではなく、最終的に市場の形成につながるように決定しなければなりません。次に、取材や調査を通してソートに関する知見や情報を収集します」

エンワールド・ジャパンの 小売り・消費財部門 セールスチームマネージャー、高田優さん
エンワールド・ジャパンの 小売り・消費財部門 セールスチームマネージャー、高田優さん

「続いて、集めた情報をもとにコンテンツをつくり発信していきます。ターゲットとしている層に認知されるよう、メディアと連携するほか、イベントやSNS(交流サイト)、専門家を活用するなど発信方法もさまざまな工夫が必要です。最後に、ある程度の認知を獲得できてきた段階で、社内のステークホルダー(利害関係者)と連携し、ビジネス化を進めていきます。発信するという点では広報の仕事の一部と捉えることもできますが、発信するだけではなく、ビジネス化についてもイニシアチブをとるのが広報とは異なる点です」

――どういったスキルが必要ですか。

「様々な人とコミュニケーションをとる力に加え、自身の『アンテナの高さ』が問われます。日本だけではなく世界で起きていることを、先取りして取り入れていく力があるかということです。例えば、米国で広がったことが1年後に日本に入ってくるかもしれません。グローバルな視点で感度を高く持ち、最新の事例や情報を収集してコンテンツを作り、自社の強い地位を確立していくことが求められます」

「英語力も必要です。企業の体制によって異なりますが、情報収集に加え、ステークホルダーが国をまたぐこともあるので、英語力を持っていたほうが仕事を進めやすいでしょう」

――どのような業界で募集が多いでしょうか。

「外資系企業に加え、コンサルティングファームや金融業界での募集が多いです。これらは、形のある商品ではなくサービスを提供していく業界です。コンサルであれば『デジタルトランスフォーメーション(DX)に向かってビジネスニーズをつくろう』と提唱します。次に新しい考え方や言葉、需要を生み出し、『この分野のスペシャリストは我々だ』と認知させてビジネスを創出していきます。このようなスタイルはソートリーダーシップの仕事内容と親和性があります」

「職種名は企業によって異なり、ソートリーダーシップのほか、『エバンジェリスト(伝道者)』と呼ばれることも多いです。広報やコンテンツマーケティング関連の職種の人が担当することもあります。ソートが『SDGs(持続可能な開発目標)』であれば、『SDGs担当』という職種での募集もありえます」

コロナ禍は発信のチャンス

――どんな現職の人が向いていますか。

「次に挙げる3つのスキルを持っている人がよいでしょう。1つめは、コンテンツを作成する力。2つめは、メディアやイベントを通じてコンテンツを発信する力。3つめは、プロジェクトマネジメントを行う力。社内外で多くのステークホルダーと関わるからです。ただ、3つすべてを持っている人はあまり転職市場にいないので、このうちの2つを持っていれば、採用の検討対象になる可能性は高いでしょう」

「具体的にはコンテンツ作成と発信にたけている広報の経験者や、高い取材力を持つ記者経験者が挙げられます。『コンテンツマーケター』『コンテンツプランナー』など、企業によって呼び方は異なりますが、オウンドメディア(自社メディア)でコンテンツの発信と集客を担当しているコンテンツマーケティング関連や、発信した先のニーズが分かる『マーケティング』の担当者もよいでしょう。いずれも、プロジェクトマネジメントの経験は少ないかもしれませんが、社内外の様々な人と関わって仕事を進めていた経験があれば補えることもあります」

――今後もこの職種は増えていくでしょうか。

「コロナ禍をきっかけに私たちの生活は大きく変わりました。当たり前だったものがそうでなくなった局面では、今までになかった新しいものが受け入れられるチャンスです。DXやテレワークがその好例です。世の中の受容性が上がっているタイミングで発信することは効果的なので、外資系やコンサルに限らず、ソートリーダーシップは様々な業界・企業で増えていくでしょう」

「医療業界を例に挙げると、今はまだあまり認知されていない、ビジネスとして成り立ちづらい病気に注目して重要性を発信し、市場を生み出すことにあたります。変化の激しい世の中では、既存の商品やサービスだけで利益を生み出していくのは難しいことです。医療業界に限らず、『まだ知られていないが、実は困っている人がいる』という分野で、ニーズを発掘して新しい市場をつくっていかなければなりません。そのときにソートリーダーシップが大きな役割を果たすでしょう」

(日経転職版・編集部 木村茉莉子)

高田優

 エンワールド・ジャパン 小売り・消費財部門 セールスチームマネージャー。日系の酒類メーカーでの海外営業を経験して2018年3月入社。外資系企業、日系グローバル企業を中心に採用・転職を支援している。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年09月11日 掲載]

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