「弱い」人脈を広げよう

SmartTimes 東京農工大学教授 伊藤伸氏

人脈はビジネスにおいて価値ある資産である。日々、人脈づくりに躍起になっている人も少なくないだろう。こうした人の結び付きを対象とする社会ネットワーク研究において「弱い結び付きの強さ」と呼ばれる著名な理論がある。転職の経験者を分析し、転職に有意義な情報は、普段の接触頻度の少ない他者からもたらされたという1970年代の米国の研究を起源とする。結び付きの強い人からの情報は自分が持つ情報と重なりやすいが、顔見知り程度のような弱い結び付きの人は日常の交流範囲では得られにくい異なる社会圏の情報や知識を伝えてくれると考えられた。

新聞記者を経て、2001年農工大ティー・エル・オー設立とともに社長に就任(現任)。13年から東京農工大学大学院工学府産業技術専攻教授。大学技術移転協議会理事。
新聞記者を経て、2001年農工大ティー・エル・オー設立とともに社長に就任(現任)。13年から東京農工大学大学院工学府産業技術専攻教授。大学技術移転協議会理事。

転職の際に「コネ入社」のような推薦を含む情報提供を想定すれば、「強い結び付き」の方が強そうにみえる。実際に1985年の首都圏男性に対する、ある調査では強い結び付きが望ましい転職結果を生じるという結果になった。しかし、2002年の調査では、弱い結び付きが望ましい転職結果につながるという逆の関係になった。失業率の高まりや非正規雇用の広がりによって非ホワイトカラーを中心に従来の交流範囲を抜け出す必要が生じ、その際に新たな情報や知識をもたらす弱い結び付きが有用になったとみられている。

その後、弱い結び付きの重要性は一段と強まっているのではないだろうか?2010年代にSNS(交流サイト)は爆発的に拡大した。人がつながる方法もつながる相手の数も、それ以前から劇的に変化した。SNSでの交流は弱い結び付きを形成するとみられている。

しかも、有益なのは転職時ばかりではない。新規のビジネスアイディアが不可欠な起業には、多彩な人との弱い結び付きが大きな刺激になるだろう。保有する知識や情報との乖離があるからこそ結び付いた際の価値にインパクトが生まれる。SNSで形成された弱い結び付きがストレスを緩和するという実証分析の結果もある。関係の薄い他者の発言は自分の気の持ち方を見直すきっかけになるようだ。

もちろん人的関係をすべて弱くすればいいというものではない。組織内で目標の決まったプロジェクトを遂行するにはメンバー内の強い結び付きが役に立つ。弱い結び付きは明確な知識の交換には適するが、いわゆる暗黙知のような文書化されていない複雑な知識の交換には強い結び付きが有効との指摘もある。

加えて重要なのは、人と強い結び付きをつくり、維持するにはエネルギーを要するということだ。その点、弱い結び付きなら構築や発展が容易である。近年、地域振興でも、この概念を取り入れた活動がみられる。都市から地方に移り住みたくても強固な人的結び付きは心理的な障害になる。最初から緩やかな関係が前提ならハードルはかなり下がる。

コロナ禍によりオンラインの付き合いが日常茶飯になった今こそ弱い結び付きを広げ、活用する場面は多いようにみえる。

[日経産業新聞2021年10月4日付]

[日経電子版 2021年10月06日 掲載]

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