IT転職、学費は出世払い プログラミング学校に新顔

学費は出世払いでOK。こんなプログラミング学校が日本でも支持を集めつつある。運営するLABOT(東京・渋谷)は、生徒が学費を卒業・転職後の月収から一定割合払う方式で、IT(情報技術)業界への転職を支援する。IT人材の逼迫でプログラミング学校が乱立するなか、スキルが身についたかという課題も出ている。出世払いが一石を投じるか。

酒造り→不動産アプリ開発

酒造りからITエンジニアに転身したのが、埼玉県で働く神田智洋さん(26)だ。かつて勤めた群馬県の日本酒メーカーでは朝から晩まで米や水、麹、乳酸菌と向き合う日々だった。一転、現在はシステム受託のライトコード(福岡市)の一員として、不動産関連のウェブアプリ開発に携わる。

大胆な転身を支えたのが、LABOTが運営する社会人向けのプログラミング教室「CODEGYM(コードジム)ISA」だ。ISAはインカム・シェア・アグリーメント(所得分配契約)の頭文字をとった略語で、教育ローンの返済負担が社会問題となっている米国で広がった教育資金の負担の仕組みだ。LABOTはこれを輸入した。

転職まで授業料の支払い無し

最大の特徴は、授業料を卒業後に支払う点だ。授業料は「転職後の月収の10%を30カ月間」と設定する。入学から5週目以降に自己都合で退学すると在籍保証料がかかるものの、生徒は技術を習得して働き始めるまで、原則として支払い義務が生じない。

神田さんは学生時代にも簡単なプログラミングに挑戦し、挫折した経験がある。今回も「技術の習得前から大きなお金を払うのは怖かった」と振り返る。結果的には猛勉強が実り1年弱でライトコードに転職し、月々の収入も以前より7~8割増えた。神田さんは「いつかはITで酒造りに貢献したい」と話す。

初心者にはとっつきにくい印象のあるプログラミングだが、後払いなら未経験でも一歩を踏み出しやすい。

厳しい入学審査

一方で、学校側の経営に死角はないのか。LABOTの鶴田浩之社長は「貸し倒れリスクを下げる工夫をしている」と説明する。最初のポイントは、狭き門であることだ。一般的なプログラミング学校が原則として希望者全員を受け入れる一方、コードジムISAは受講できる生徒を厳選する。

入学審査は志望動機の作文と適性を問うウェブテストの二本柱だ。このうちウェブテストはプログラミングに直結する数学だけでなく、卒業後の社会人としての活躍を念頭に、文章の読解力や時事問題の知識も問う。入学倍率は3.5倍で、3人に2人以上は不合格となる計算だ。

入学後の指導も「スパルタ式」だ。新型コロナウイルスの感染拡大後はオンラインとなったカリキュラムは、5カ月から9カ月程度で1000時間にのぼる。ただ受ければ良いわけでなく、学習態度が悪ければ学校側が退学を命じることもある。

海上自衛隊→求人サイト開発

20年春から受講した卒業生の一人、海上自衛隊出身の織田麻子さん(29)は「毎週50時間は勉強に費した」と振り返る。「自衛隊の研修ほどではなかった」と笑いつつも、「初めての知識や技術を何カ月も学び続けるのは、心身ともに大きな負荷がかかった」と語る。

厳しさの一方、受講途中での離脱を防ぐ工夫もぬかりない。学習以外の悩みを聞くカウンセラーを置くほか、生徒の意欲を引き出すために有名IT企業の技術幹部らを招いた講演会も開く。同じタイミングで受講する同期生とは、週4日はオンラインで気軽に交流できる朝会などを開く。チームを組んで模擬的な開発作業にも挑戦してもらい一体感をつくる工夫もする。

デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性が叫ばれる昨今、IT人材の需要は逼迫状態が続く。経済産業省は2030年にはIT人材が国内で最大79万人足りなくなると試算する。転職サービス「doda」上の求人倍率を職種別にみても、「技術職(IT・通信)」は断トツの状況が続いている。

こうした状況を商機と捉え、プログラミング学校事業への参入が相次ぐ。特にオンライン研修への抵抗感が薄れた20年以降は「3カ月でエンジニアになれる」などと宣伝し、生徒を呼び込む事業主が目立つようになった。政府も手厚い補助金を用意し、社会人のリスキリング(学び直し)を後押ししている。

問題はカリキュラムを修了した生徒が実際に技術を身につけ、仕事に生かせているかだ。神田さんを採用したライトコードの金城直樹社長は「エンジニアの求人には、毎月数百人の応募がある。ただITスクール卒でも採用するのは1人いるかどうか。学んだからといって必ずしも実務スキルは身についていない」と指摘する。

その点、LABOTはカリキュラムの消化でなく、生徒が卒業後に企業で活躍できるかを重視する。

新型コロナを契機とした働き方の見直しや、DX人材育成の名の下にプログラミング教育バブルが起きている。「生涯1企業」ではなく人材を流動化させるという日本の課題を解決する一助と期待される。企業と学び手、LABOTなどの学校が「三方よし」となることが、IT人材を流動化させる一歩となる。

パティシエ→地震監視システム開発

LABOTが運営するプログラミング教室では、IT(情報技術)企業さながらの考え方も実践する。「疑問に思うことを質問しても、先生が『答え』をすぐ教えてくれなかったのが印象に残った」。パティシエ出身のコードジムISA卒業生、渡辺雅樹さん(22)はこう振り返る。

防災ソフト開発のレキオスソフト(那覇市)でITエンジニアとして働き始めると、まわりは忙しい先輩たちばかり。「できません」と助けを求めるだけでなく、何がわからないのかを整理し、筋道立てて説明する能力も求められた。LABOTの講師陣も答えを授けるのでなく、疑問点を解きほぐす役割に徹する。

LABOT卒業生の渡辺さんは「質問しても先生が答えをすぐ教えてくれなかったのが印象に残る」と振り返る
LABOT卒業生の渡辺さんは「質問しても先生が答えをすぐ教えてくれなかったのが印象に残る」と振り返る

LABOTがコードジムISAを開校したのは2020年1月だ。21年8月末までに62人が受講し、卒業生は25人を数える。就職・内定企業をみてもDeNAやサイバーエージェントなど有名企業が目立つようになってきた。国内ではまだ珍しいISAという手法を根付かせるうえで、ひとまずは上々のスタートを切ったといえる。

料金体系、説明の徹底カギ

リスクもある。ISAの浸透で先行する米国では、利子がないとはいえこの契約が学び手からの「搾取」とならぬよう、ガイドライン作成や法整備の議論が進む。

LABOTの場合、授業料の総額は転職後の月収が30万円なら約90万円で、初任給の振り込まれた翌日から支払いが始まる。ただ昇給や減給があれば支払額はその都度見直されるなど、細かなルールも多い。受講を検討する人に対して、より一層の丁寧な説明が求められる。

ITエンジニアの育成市場全体を見渡せば、まだまだコードジムISAの規模は小さい。だがプログラミングの学校ビジネスに参入する事業者が増え、コンテンツやサービス面で差を打ち出すのが難しい「レッド・オーシャン」となった今、LABOTがITエンジニアの卵にとっての新たな選択肢となっているのは確かだ。

(藤村広平)

[日経電子版 2021年09月27日 掲載]

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