次世代リーダーの転職学

転職で3つの「危険な定説」 多数の企業に応募はNG

経営者JP社長 井上和幸

転職志望者は奇妙な「定説」に惑わされがちだ(写真はイメージ) =PIXTA
転職志望者は奇妙な「定説」に惑わされがちだ(写真はイメージ) =PIXTA

転職にあたっては、一般的な手順の「流れ」があります。職務経歴書の提出や複数回の面接などが一例です。ただ、「当たり前」とみられている段取りや戦略の中には、効率性や意義の面で首をかしげたくなるものも存在します。今回はその中から3大事例を紹介します。

転職活動には進め方の標準的パターンや定型的なフォーマットがあり、それらは選考すり合わせを効果的、効率的に進めるために出来上がってきたしくみです。公平・適切に採用選考が実施されるために法令で定められたルールもあります。

こうした転職(採用)活動の中で、「そのようにするのが当たり前」と思われていることが多く存在していますが、私はこの業界に身を置くようになり、「え、なんでこんなことになっているの?」「そんなやり方、無駄ばかりじゃない」「それ、逆に事態を悪化させていないか?」ということを折々、感じています。大勢に影響ないことであれば、人それぞれでよいとも思うのですが、中には、そのせいで転職がうまく行かなくなるような悪癖ともいうべき「危険な定説」も少なくありません。

危険な定説(1) 内定獲得のために多くの企業に応募する

まず一つ目の「危険な定説」として挙げたいのが、「内定を獲得するために、できるだけ多くの企業に応募したほうがよい」という考え方です。多くの人材エージェントが皆さんに推奨している行為でもあります。

人材紹介会社では業績管理のためにKPI(重要業績評価指標)を設定しているところがほとんどです。そのKPIは「何人(何件)推薦したら採用決定者が出るか」というもの。もちろん人材紹介会社も営業会社ですから、こうした指標を敷いて紹介決定数=紹介料を計画通りに上げたいと考えるのは当たり前のことです。

しかし、これを転職希望者に当てはめて「15件から20件応募すれば1社内定が出ます。最低15件応募してください」とやっているのは、いかがなものかと思われます。

若手~中堅の採用は確かに、応募があった中で相対的によいと思える人を採用することが多いので、このロジックは成り立っています。応募者側が「このあたりの企業の中から、採用してくれるところのどこかに行ければよいや」と考えているなら、お互いに悪いことはありません(個人的にはそのような程度の転職先志向で転職することがよいかについては疑念を持っていますが)。

しかし、この問題点の一つは、まず率直に言って、幹部クラスの転職について、採用企業側が相対比較で採用するということはないという点です。何人、何十人(、何百人)と会っても、当該ポストを任せられる・任せたいと思える人物でなければ、採用はゼロ。逆に、たった1人に会った場合でも、まさにこのポストを任せたい人だとなれば、その人が採用されます。つまり、幹部クラスでは「応募数による確率論」は成立していないということです。

さらにここからが特に問題なのですが、上記の前提を踏まえればすぐわかるように、「何となく」目にした求人に次から次へと応募することは、望む転職先の可能性を次から次へとつぶしていっている行為だということです。

まぐれ当たりを期待するかのような闇雲なエントリーで書類が通過することはまずありません。書類が通過したとしても、面接で先に進むことは難しいでしょう。時間の無駄です。

ご縁があったかもしれない応募先に、あいまいな状態で応募してしまったせいで、不採用となってしまった場合、ダメージはその後も続きます。一度、不採用となった企業へは基本的に今後は応募できないからです。もし、転職動機や志向をはっきりさせ、応募先が求めていることをしっかり理解し、そのために自分が何ができるのかを明確化させて臨めば、採用されたかもしれない企業とのご縁が絶えてしまうわけです。次の新天地であったかもしれない企業とのご縁の可能性を、自らつぶしてしまうこととなり、もう取り返しがつきません。

応募数で分かる、その方の転職志向の明確さ

目についた求人案件に次から次へと応募することは、貴重な応募先という「持ち駒」を自らどんどんつぶしていっているような自殺行為であることが理解してもらえたかと思います。しっかりと準備と情報収集・確認を行い、ご縁の確率の高い企業にだけ応募する。これを徹底すれば、必ず皆さんの転職活動は好転します。

もちろん、同時に複数社のエントリーをしてはダメと言っている訳ではありません。しっかりと志望先を吟味したうえで、自分のできること・やりたいことと応募先企業のポジションが求めることとにご縁の可能性の橋がしっかり架かっていると思えているか否か。それがあるものについて、並行して数社への応募を進めることは必ずしも悪いことではありません。

本来、初動から「ぜひこの会社のこのポジションで次はやってみたいな」と心から思えているなら、平行しての応募先は2~3社内になるのではないでしょうか。5~6社を同時に進めているとすれば、まだ次の場でどのようなかたちで働きたいかが明確ではない、あるいはそれは明確だが、応募先でそれが実現できると思える状態にまだ至っていない状況でしょう。

応募先のラインアップを見ると、テーマがばらばら、職種も様々というケースがあります。当社ではそういう場合には、応募の前に、まず今回、転職を通じてどのような方向に進みたいのかを、改めてしっかり確認するようにしています。

マネジメントクラスでも10社、20社と応募し、その記録をノートに書き込んでいる人が時折、います。転職を何かのダービーや資格試験、受験のようなものと勘違いしているようにみえてなりません。私はこのような動きを見せる人とは距離を置くようにしています。それは、当社が経営層・幹部層に特化しており、そのレイヤーでの職務を担う人の持つべき志向性とは根本が異なるからです。

危険な定説(2) 内定を優先し、応募先に自分を合わせる

二つ目の「危険な定説」には「受かるために、応募先企業が求めること・評価することに自分を合わせる」を挙げたいと思います。

「何が悪いの?」と多くの皆さんが思われるかもしれません。私も転職活動を支援している人たちから、「この企業には、どのようにしたら受かりますか」とよく聞かれます。

一つ目の「危険な定説」で述べた通り、もちろん、応募先企業については企業や当該募集職務についてしっかり研究をして、求められていることを把握することが必須であり、そのポジションに対して自分が貢献できるのかどうかを確認することが欠かせません。ただ、そのために、ともすると、本来、自分が情熱を持てることや向いている、得意だということとその要件が異なるのに、それをねじ曲げてポジションや企業が求めていることのほうに寄せていこうとする人もよく見受けられるのです。これは絶対にやめてほしいと思います。

応募企業に受かりたい(内定を得たい)。だから、受かるために迎合したくなる気持ちもわかるのですが、転職は内定・入社がゴールではありません。そこがスタートであり、入社後に長い日常が待っています。自分を偽って転職して、そのまま過ごせるはずもありません。

応募する前の段階で、求めたいことと求められることが合致していないとなれば、どんなに企業やポジションに魅力を感じているとしても、応募しないことです。仮に応募して選考に進んだならば、自分はこうだというものを、応募先企業にぶつける。それでよいのです。それで不採用なら、「相性が悪い会社だったのだ。入社しなくてよかった」と考えればよいのです。

危険な定説(3) 複数の内定を比較検討して決める

「危険な定説」の三つ目として、「内定をいくつか獲得してから、比較検討して決める」を挙げましょう。

この新型コロナウイルス禍の中でも、人材ニーズが根強い職種の人や、変革力・リーダーシップの優れた人は、各社から引っ張りだこで、転職活動でも複数の内定が提示されるケースが珍しくありません。

複数の内定を獲得することについて、完全否定はしません。それだけその人に人材としての魅力があるということの証明です。

しかし、「まず内定をいくつかもらっておいて、その後、その中から転職先を決める」ということを前提に動いている人がいます。これは私はお勧めしませんし、どちらかというと問題のある行動であると考えています。

複数の内定から選ぶ行為について私が唯一、それはありだと見ているものは、「いずれも魅力的であり自分でも貢献できる可能性を非常に高く感じているお話で、甲乙つけがたい魅力をそれぞれに対して感じている応募先から、複数内定が出た」という状況です。体が二つ、三つあるならば、それぞれの会社に入社したい。そうした話であれば、最終的に並べて比較検討し、悩みに悩んで意思決定すべきです。

一方、そもそも内定が出て即決できない程度の気持ちしか感じられていない企業に転職しても、リーダーとして職務に打ち込み、コミットしきれる可能性は高くないでしょう。中途半端な気持ちでの選択は、転職を繰り返す下地ともなります。絶対基準で「ぜひ次はここで」と思えないような内定であれば、辞退して他の案件を検討するか、現職を続行すべきです。

採用企業側の立場で読んでいる人には、内定提示後の回答期限は延ばすべきではないということをお伝えしておきます。即決で快諾できないような幹部クラスの人材は、採用しても期待通りの活躍をしてくれることはまずないでしょう。何かあればすぐ転職していってしまう人です。採用コストの掛け損にならないよう、留意してください。

転職において「応募者側は選ばれる立場であり弱者である」「企業に対しては可能な限り自分に有利な条件交渉をして入社しないとだまされる・損をする」という考えも「危険な定説」です。応募者も採用企業も、どちらも弱者でもなければ強者でもありません。対等な立場で、お互いのこれからについてしっかり語り合い、すり合わせる。その先に、お互いがハッピーな縁となる転職・採用があるのです。

井上和幸
経営者JP社長兼CEO。早大卒、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。「社長になる人の条件」(日本実業出版社)、「ずるいマネジメント」(SBクリエイティブ)など著書多数。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年08月06日 掲載]

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