
国税庁の民間給与実態調査(2019年分)によると、年収1000万円を超える人の割合は給与所得者の中で4.8%にとどまり、かなり高いハードルです。ところが、世の中には年収1000万円を超えて2000万円、3000万円とどんどん増やしていく人がいます。年収を大きく伸ばしていく人にはどんな特徴があるでしょうか。人材紹介を手掛けるクライス・アンド・カンパニー(東京・港)の丸山貴宏社長に年収アップの実態について語ってもらいました。
エグゼクティブの年収動向は「ノコギリ」型
エグゼクティブ転職のお手伝いをしている私たちの会社では、年収1000万円以上の紹介事例が日常的に生まれています。2000万円、3000万円の人も珍しくありません。そうした人たちの転職を見ていて興味深いのは、必ずしも転職時に年収が大幅アップしているわけではなく、むしろ下がるケースが多いという事実です。つまり、一時的に年収が下がった後、以前の最高年収を更新していくのです。グラフを描くとノコギリのようなジグザグを描きながら、中長期的に上昇していく形になります。
なぜ、ノコギリ型の推移をするのでしょうか。それは将来、花が開きそうだが、今はまだシーズ(種)の段階で従来の給与水準が望めない業界や、今が旬だが自分のスキルや経験が足りず、その分だけ評価が下がる業界などへ転職していくからです。
これから有望な業界へ移るリスクを取って給与は下がるが、業界や転職先企業の成長、自身のスキルや経験の向上に伴い、以前の年収を大きく超えていく。エグゼクティブはキャリアの上で、このようなチャレンジ転職を行っているのです。結局、世の中の水準をはるかに凌駕(りょうが)する収入を得ようとするならば、成長する業界に飛び込み、先行者利益を得るのが一番です。別の言い方をすれば、普通の人が普通の決断をしていれば、収入も普通になるということです。
チャレンジ転職をすれば年収はいったん下がる
もちろん、転職によって即座に収入が上がるケースもたくさんあります。例えば、業界下位の会社から業界トップの会社、あるいは下請けから元請け、BtoC(消費者向け取引)の会社からBtoB(法人向け取引)の会社へ転職すると給与が高くなる傾向があります。これらの転職は即戦力として活躍でき、より給与水準の高い企業や業界へ移行するパターンです。ただし、即戦力ということは現在より急成長する世界に飛び込むわけではないし、新たなスキルや経験がたくさん身に付くわけではないので、その後の伸びは限られやすくなります。
ところが、転職の相談を受けていると、こうした年収を上げるメカニズムを理解していない人をよく見かけます。それは同じ業界への転職ではなく、新たな業界や分野へのチャレンジ転職でよりあらわになります。
「新しいチャレンジをするのだから、年収は上がって当然」。こんな風に「今、持っている権利を放棄するのだから、より多くの報酬が得られて当然」という思考に陥ってしまうのです。その背景には年功給の仕組みに慣れてしまい、時間とともに給与は上がっていくとの発想があるように感じます。
しかし、前述した通り100%の即戦力としての転職ではなく、新しいチャレンジを伴う転職ではまず年収は下がります。例えば、年収1000万円だった人がいったん800万円に下がる。ただし、その後は1200万円、1500万円と増えていく可能性があります。

そのような転職機会があったとき、どう判断すべきでしょうか。リスクを取って将来性に賭けるのか、安定を優先するのか。どちらの選択が正しいというわけではありませんが、そこに年収を大幅に増やしていく人とそうでない人の差が生まれます。
チャレンジ転職をしたくてもできないケースとは?
ここで注意しておきたいのは特に30代の人の場合、自分はリスクを取ってチャレンジ転職したくても環境が許さない状況が出てくることです。例えば、子供が進学し、出費が増えてくると、年収を落とす判断は難しくなります。教育費は支出の最優先になるからです。特に子供を学費が高い私立校に通わせたい家庭ではその傾向が強まります。
このため、チャレンジ転職をするには自身の家庭の状況を踏まえながら、タイミングを考える必要があります。まだ子供の教育費がかからないうちにチャレンジ転職を行って成功し、年収が1200万円まで上昇したとします。仮に次のチャレンジ転職を行い、年収が3割下がったとしても840万円ですから、教育費がかかるようになってもギリギリ大丈夫と決断できるでしょう。しかし、教育費がかかるようになった段階で、年収800万円の人が600万円に下がるチャレンジ転職を行うのは、家計的にかなり難しくなります。
以上のように、年収を大幅に増やしている人はチャレンジ転職を行っているが、それには年収が下がるリスクを取る必要があります。さらに、家庭がリスクを取れる状況になければ、チャレンジ転職は難しいことを理解しておくべきでしょう。
丸山貴宏
クライス・アンド・カンパニー社長。リクルートで人事採用を7年担当した後、1993年に30~40代の経営幹部を中心にしたビジネスプロフェッショナルのための人材紹介会社、クライス・アンド・カンパニーを設立。著書に「自分に合った働き方を手に入れる!転職面接の話し方・伝え方」「そのひと言で面接官に嫌われます」ほか。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年07月28日 掲載]