文系社員にもDXの波 「デジタル転換」へ研修加速

SOMPOホールディングスはDX基礎研修を実施している(2021年6月)
SOMPOホールディングスはDX基礎研修を実施している(2021年6月)

2021年9月にデジタル庁が発足しました。デジタル改革が急務なのは行政だけではありません。デジタル技術で業務を変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)への関心は企業でも急速に高まっています。各社共通の課題は人材不足。社内育成に乗り出す企業も増えています。デジタル技術と疎遠だった文系社員も無関係ではいられません。

「DXは経営戦略の基盤です。それを担う人材になってください」。SOMPOホールディングスが20年度から始めたDX基礎研修。その冒頭で講師が強く訴えかけます。同社は「グループ全社員デジタル人材化」を掲げます。研修も原則全員受講です。全4回コース(計10時間)で、あらゆるものがネットにつながるIoTや人工知能(AI)、DXで何ができるのか、などを学びます。

日本経済新聞社が今春、主要企業の経営者を対象に実施した調査では、21年度のデジタル化投資を20年度より「増やす」とした経営者は73%に達しました。転職市場でもデジタル人材は引く手あまた。企業はDXに必要な人材を中途採用だけでは補えず、社内人材のリスキリング(学び直し)に注力します。そこに文系、理系の区切りはありません。

丸紅は20年に技術実践プログラム「デジチャレ」を実施しました。AIなどの先端技術を現場の課題解決に役立てるのが狙いです。半年にわたって技術者のサポートを受けながら、社員が実際にアルゴリズムなどをつくりました。受講は希望制でしたが、約70人が受講。その8割が文系人材だといいます。「商社は仕事で英語を使うのが当たり前。同様に今後はデジタルスキルも必須になる」(デジタル・イノベーション室)

デジタルを含む専門技術人材は30年に170万人不足する――三菱総合研究所はこう推計します。小中高校でプログラミングなどが順次必修化されるなど国は教育強化を急ぎますが、それだけでは人手不足を補えません。「デジタル人材への転換は、文系人材にとってもひとごとではない」と同研究所の小野寺光己研究員は指摘します。

ただ、必要以上に恐れることはないといいます。デジタル人材というと、プログラムを書くような技術的スキルを持つ人材を想像しがちですが、実際はそれだけではありません。

小野寺氏は「エンジニアばかりそろえても失敗する。どこにデジタル技術を活用すれば業務が改善し、企業競争力が上がるか。現場の商品・サービス、仕事の進め方などをよく知ったうえで、デジタルの知識と関心を持つ人材を企業も必要としているし、そんなデジタル人材への転換はハードルも高くない」と説明します。

小野寺光己・三菱総合研究所DX技術本部研究員「文系にも挑戦可能な領域」

コロナ禍で加速するデジタル化。個人の能力開発やキャリア形成も見直しが迫られます。今後必要とされるデジタル人材とはどんなものなのか。そして個人は変化にどう向き合えばいいのか。企業のデジタル戦略に詳しい三菱総合研究所DX技術本部の小野寺光己研究員に聞きます。

三菱総合研究所DX技術本部・小野寺光己研究員
三菱総合研究所DX技術本部・小野寺光己研究員

――デジタル技術を活用してビジネスモデルの変革を目指すデジタルトランスフォーメーション(DX)への関心が高まっています。DXを進めるうえで、企業の課題は何ですか?

「三菱総合研究所が主催したDXセミナーに参加した企業にアンケート調査を実施しました。課題の上位(複数回答)は『DXの全体工程を管理する人材が不足している』55.3%、『ビジネス案を実際に形にする人材が不足している』47.4%、『十分な収益を確保できるビジネスモデルが描けない』44.7%。回答の1位と2位に人材不足が並びました。社内に十分なデジタル人材がいないだけではなく、転職市場でもその数は圧倒的に不足しており、外部から確保するのも難しい状況です」

「デジタル化は日本社会全体の課題。人材不足は今後ますます拡大し、2030年にはデジタル人材を含む専門技術人材が170万人不足すると当社は予測しています。企業各社は中途採用と同時に、社内育成も進めて、長期的な視点から人材を確保していくことが求められています。実際、先進企業は社内研修を拡充し、デジタル人材育成に動き出しています」

――そもそもデジタル人材とはどんなスキルや知識を持つ人材なのですか?

「デジタル人材と聞くと理系エンジニアを思い浮かべがちですが、求められるスキルは技術力だけではありません。私はデジタル人材を(1)プロデューサー(2)DXマネジャー(3)ビジネス・サービス担当(4)システム・技術担当――の4つに分類しています。(1)はCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)に代表される社内のDX主導者、(2)はDXを企画・推進し、必要ならば社内外との調整を担うマネジャー層、(3)は現場のサービスや業務をよく知る存在で何をどうDX化すれば新たな価値を生み出せるかを設計します。そして(4)がいわゆる技術者で(1)~(3)の要望に基づいて、システムを設計したり、プログラムなどを書いたりします。このうち純粋に技術力が不可欠なのは(4)です。(1)~(3)は技術力があれば理想ですが、必須ではありません」

「(4)のシステム・技術担当はDXの要ですが、(4)ばかりのDXはうまく機能しません。技術に長(た)けた人材を集めて、人工知能(AI)を構築・導入したものの、実際の業務で使いこなせず、宝の持ち腐れになった、といった失敗事例も聞きます。そもそもDXはデジタル技術を活用して既存のビジネスモデルや業務を変革し、新たな価値を創造することです。その観点からみれば実は(3)のビジネス・サービス担当の存在がとても重要です。現場の課題を誰よりもよく知っているからです。課題をあぶり出し、ビジネス案を具体化できる(3)もDXに欠かせない存在です。しかも中途採用者をすぐに充てることは難しく、社内人材にこそ活躍の余地があります」

――そういう役割なら、現状デジタル技術に疎い人も今後担っていけそうですね

「自分でプログラミングができる必要はありません。デジタル技術で何ができるのか、そこを理解する人材になればよいのです。特に文系人材は『DXは自分と関係ない/担えそうにない』と遠ざけてしまいがちです。ただ弊社の労働需給推計では、主に文系人材が担っている事務系業務は今後AIなどのデジタル技術に取って代わられ、30年には120万人が過剰になる見込みです。さすがにエンジニアへの転換は容易ではないものの、挑戦可能なデジタル領域の業務もあるのですから、そこへの転換を図るのは将来キャリアを考えても得策です」

「デジタル人材に求められるのはデジタルスキルだけでもありません。DXを積極的に推進している企業の担当者に聞くと『現状を改善したい』『新しいものを生み出したい』といった貪欲な姿勢が大切だと指摘します。文系であろうと、理系であろうと、時代の変化を恐れず受け入れ、挑戦する意欲を持つことも欠かせません」

(編集委員 石塚由紀夫)

[日経電子版 2021年09月12日 掲載]

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