
「組織に縛られず、自由に働きたい」――。ずっと以前からあった志向ですが、近年、実現可能性が高まっています。終身雇用が崩壊していく中、企業の人材活用は流動化が加速しており、業務委託や副業者の受け入れ門戸が広がってきました。フリーランス人材と企業のマッチングサービスも拡大。「自由に働きたい」スペシャリストにとって追い風となっています。
40代以上では実際にフリーランスに転向するビジネスパーソンが増え、20代~30代の若手からも「いずれはフリーランスで働きたいが、そのためにはどんな力を身に付けておけばよいか」という相談をよく受けるようになりました。ビジネス系フリーランスは多くの職種カテゴリーで増加していますが、特に顕著なのが「ファイナンス」「人事」の分野です。
日々の業務の運用だけに限らず、成長途上のベンチャー企業が、フリーランス人材を「CFO(最高財務責任者)」や「CHRO(最高人事責任者)」として業務委託の形で迎えるケースが増えています。
発展性があるベンチャー企業では、新規株式公開(IPO)を1つのマイルストーンとして経営計画を遂行していきます。そのためには、資金調達はもちろん、上場企業にふさわしい労務・人事制度の整備、事業拡大を支える人材採用が必須。しかし、経営陣には技術・マーケティング・企画・セールス系の人が多く、ファイナンスや人事の分野には疎いケースが多いのです。
感度が高い経営者はファイナンス面も自ら手がけたり、人への思いが強い経営者は人事制度設計や採用を自分の手で行ったりすることもあります。しかし、組織がある程度成長し、ステージアップの局面を迎えると、経営者は経営に集中してコミットすることを期待されます。より専門性が求められることもあり、やはり誰かに任せなければなりません。
こうした成長の重要局面で、経営に大きな影響を及ぼす重要なアセットである「お金」「人」の施策を担うわけですから、ミッションの難易度は高い。けれど、それだけの能力を備えた人材をフルタイムで雇用するとなると、報酬が高く、コストがかさむ。しかも、フルタイムで従事してもらうほどの業務ボリュームはない――。そこで、高度なスキルを持つ人材を「業務委託」で活用するケースが増えているというわけです。
業務委託の場合、稼働は、例えば週に1~3日程度。あとは随時、チャットやメールで相談に対応するといったスタイルで働きます。
限定された期間、難易度が高い業務を担い、体制を整える
実際の就業例を紹介しましょう。あるスタートアップ企業は将来IPOを目指しているものの、経営陣の中に資金調達の経験者がいません。事業計画に沿って、どのタイミングで、どれくらいの金額を、どこから調達すればいいか、見当もつかない状況でした。
その会社が「業務委託のCFO」として迎えたのが、Aさん(40代、男性)。メガバンクで経験を積んだ後、ベンチャー企業2社の上場に携わり、現在はIPOを予定している企業で業務委託のCFOを務めている人です。
Aさんは、その会社の体制が整い、フルタイムのCFOを雇用できるようになるまでの間、「副業」として支援する形で契約しました。それから約半年で、混沌としていた財務はAさんの手によって整理され、いずれ正社員のCFOを迎える際のハードルも下がったのです。
一方、業務委託で「CHRO」を務めるのがBさん(40代、男性)。人材サービス会社を経て、ベンチャー企業のIPO前後の人事業務――労務・制度企画・人材開発・カルチャー作り・「ミッション・ビジョン・バリュー」の設定まで、幅広く経験してきた人です。
その経験をフルに生かし、採用・人材育成・制度設計・カルチャーづくりをはじめ、若い人事メンバーの育成も担っています。企業側としては、Bさんに若手メンバーを育ててもらい、実務能力を高めた上で、1年後くらいに正式なCHROを雇用したいと考えています。
新型コロナウイルス禍の中、組織基盤が脆弱なベンチャー企業にとって、強固な組織づくりは重要テーマ。ある意味孤独だったベンチャー経営者の「壁打ち」相手として、組織づくりの議論を重ねる中で、その経営者にとってのメンターやコーチになっているケースもあります。
このように、ベンチャー企業のファイナンス・人事分野では、柔軟な人材活用・働き方が広がってきました。外部から関わるCHRO人材を応援するようなアカデミーも生まれています。
ファイナンス・人事以外では、「広報」の分野でも、こうした働き方をする人が多くみられます。「マーケティング」分野でも広がる可能性はありますが、マーケティングは企業によって手法が多様であることや、割り切って外部の事業者に任せるもしくは逆に自社内に担当者を置いて知見を蓄積したいとする企業が多いことから、業務委託として関わるには、ややハードルが高いと言えそうです。
業務委託で働くメリットは、生産性、自由度、スキルアップ
Aさん・Bさんのように、フリーランスの立場でスペシャリストとして活躍している人たちは、どのようなメリットを感じているのでしょうか。よく聞く声としては「時間あたりの生産性が高まった」です。
企業の社員時代と同じような仕事をしていても、時給に換算すると報酬額が上がっています。複数の取引先を掛け持ちしてフルで働けば、社員時代より高年収を得られるということ。あるいは、社員時代の年収水準を維持しつつ、プライベートの時間がより多く確保できるということです。
また、「裁量権が大きく、自由度が高い」のも大きなメリット。業務委託の場合、目的とする成果さえ達成できれば、手法も進め方も自由。オフィスへの出社の必要性も低く、特にコロナ禍以降はテレワークで対応するケースが多いようです。実際、地方に移住したり、首都圏×地方の2拠点生活を始めたりしているフリーランスは少なくないと思われます。
なお、フリーランスのメリットといえば、「自由度」「ワークライフバランス」が注目されがちですが、「スキルアップ」をメリットと捉える人も多いのです。勤務先の企業・1社だけのケースだけでなく、さまざまな企業の多様なケースを経験し、学ぶことができる。それを自身のノウハウとして蓄積し、専門分野でのプロフェッショナリズムをより高めていける、というわけです。
「今は企業に勤務しているが、いずれはフリーランスになって業務委託スタイルで働きたい」と考える人は、どんな準備をしておけばいいのでしょうか。実際に活躍しているフリーランスのスペシャリストの人たちを見ていると、重要なのは次のポイントだと感じます。
・「実務」スキルを衰えさせない
企業に勤務していて管理職になると、メンバーのマネジメントしかしなくなるケースも多いかと思います。しかし、そうして「実務」から離れ、その期間が長くなると、「筋力」が衰えます。いざ、フリーランスになったとき、手足を動かせなくなってしまいます。
ですから、会社ではマネジメントが中心になったとしても、副業などで手足を動かし続けることをお勧めします。フリーランスには「走っている電車に、ポンと飛び乗ることができる」能力が求められるのです。
・最新情報をキャッチアップし続ける
専門分野に関わる法律・制度・手法・ツールなどは、日々更新され続けます。
企業に勤務していると、自社に関係があるもの、自社の業務で使うものは勉強しますが、それ以外の情報には無頓着になってしまうことも多いのではないでしょうか。
自身の専門分野の最新情報にアンテナを張って、常にキャッチアップし続ける姿勢も欠かせません。近年では、SNSなどで専門家のコミュニティに参加することも可能性ですので、そうした場も利用しながら知見のブラッシュアップを続けていきましょう。

森本千賀子
morich代表取締役兼All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊「マンガでわかる 成功する転職」(池田書店)、「トップコンサルタントが教える 無敵の転職」(新星出版社)ほか、著書多数。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年07月30日 掲載]