
女性の活躍推進が叫ばれる中、男性にも積極的な家事・育児への参加が求められている。だが性別による役割分担意識が残る日本では「男性は一家の大黒柱として、稼がねばならない」という固定観念や周囲のプレッシャーも根強く、板挟みになっている男性も少なくない。そんな風潮に生きづらさを感じ、働き方や生き方を見つめ直す男性も出てきている。
「旦那さんの名義で契約しない理由は何ですか?」。東京都在住の31歳の男性会社員は、家族で住む家の賃貸契約をした際、不動産会社の担当者から、そう尋ねられた。
男性は妻と共働き。だが妻の方が収入が多いため、契約者を妻にしたという。「男性の方が当然稼ぎが多く、契約者になるものだ、という世間のイメージを浴びせられた気がした」と振り返る。
男性の半数 固定観念に生きづらさや不便さ感じる
一般社団法人「Lean In Tokyo」が、2019年に男性309人に行った調査では、職場や学校、家庭などの場で「男だから」という固定観念により、生きづらさや不便さを感じる、と答えた人は半数超にのぼった。

内容として20~30代で最多だったのは「デートで、男性がお金を多く負担したり女性をリードすべきという風潮」、40~50代は「男性は定年までフルタイムで正社員で働くべきという考え」。2位以下には「高収入でなければならないというプレッシャー」などが並び、経済面や働き方に関することが上位となった。
大黒柱バイアスが家族の選択肢を狭める
NPO法人ファザーリング・ジャパンの理事を務める複業研究家の西村創一朗さんは、男性が稼ぎ頭として家族を支えるという固定観念を「大黒柱バイアス」と呼ぶ。
高度経済成長期の間、日本では男性は会社で長時間働き、女性は家で家事や育児を担うというライフスタイルが効率的とされた。だが今や共働き世帯が専業主婦世帯を上回り「男性ひとりの収入で家族を養う」スタイルの家庭は少なくなった。それでもなお「男性は一家の大黒柱であらねば」とする意識は根強い。
西村さんは「今は複数の柱で家庭を支える方が合理的だ」と説明。「大黒柱バイアスは男性自身を苦しめるだけでなく、家族の選択肢を狭める可能性もある」と話す。例えば育休をとりづらいと感じる男性も「無意識の内に大黒柱バイアスを持っているのではないか」と指摘。そのうえで「男性を固定観念から解き放ち、仕事や家事・育児を夫婦それぞれの望む形で分担することが重要だ」と話す。
8月に日経ウーマノミクス・プロジェクトが男女622人に行ったアンケートでも、日常的に大黒柱バイアスを感じている、とする体験談が多く寄せられた。

茨城県に住む運輸業の20代男性は、上司との飲み会で「男は外で稼ぎ、女は家庭を守る」と言われたという。だが「今の手取りでは子供はおろか家庭を築くのも無理。共働きで家事を分担するのが理想だが、条件に応じてくれる相手も見つからない」と嘆く。
神奈川県在住の男性会社員は、共働きの妻から「子育てが大変になったら仕事を辞めるからよろしく」と言われている。住宅購入費や教育費をふまえ「辞めるタイミングは相談させて」と伝えたところ「あなたは男で大黒柱なんだから、妻が好きな時に辞めても大丈夫なように考えておくのが普通じゃない?」と言われ、違和感を持ったという。
プレッシャー押しつけない関係を模索
こういった状況を解消すべく、夫婦関係や働き方を変えようとする人もいる。
ソフトバンクで働く臼居浩太郎さんは「大黒柱のプレッシャーを片方に押しつけない」結婚生活を送っている。同じ会社に勤めるパートナーの井上麻里さんとは、それぞれの姓を維持するために事実婚という形をとり、共同口座を設けて、毎月お互いに決めた額の生活資金を入れる。
毎週土曜日には数時間かけて将来の目標などを話し合う。「大黒柱の役割を対等に分かち合うことで、お互いが自由にキャリアについて考えることができる」と話す。

IT関連企業のガイアックスに15年超勤めた木村智浩さんは、今年、正社員を辞めた。以前は「自分が稼がなければと思い込み、正社員以外の生き方に抵抗があった」。だが子ども4人を育てる中で、家計を支えるために硬直的なキャリアにとどまるより「社会の課題を解決するような様々な仕事をしたい」との思いが強まった。今は故郷の奈良県に家族で移住し、フリーランスとして保育園向けの研修などに携わる。年収は下がったが「地域の活動などにも時間を使えるようになり、今までにはない喜びがある」と語る。
「男らしさの社会学」などの著書がある関西大学の多賀太教授は「男女の賃金格差や就労継続の面で、まだ男性が優位にあるという事実は、受け止めておかなければいけない」と指摘。そのうえで「男女が双方の生きづらさを理解しあい、協力して解決しようという姿勢を持つことが重要だ」と話している。
他人にも押しつけない
日本総合研究所の井上恵理菜副主任研究員は、教育の場でも「男女関係なく、やりたいことを選べるようにバイアスを取り除くことが大切だ」と指摘する。
九州出身の記者(30)も、教育現場では「男は弱音を吐くな」「勝負し続けろ」と言われてきた。もちろんそのように生きたい人もいるだろう。だが取材を通じ、自分も大黒柱や男性らしさのバイアスにさいなまれていたことに気づいた。偏見を自覚し、他人に押しつけていないか精査することも大切だ。
(荒牧寛人)
[日経電子版 2021年09月05日 掲載]