タニタ発「個人事業主」 見えてきた成果と課題

健康機器大手のタニタ(東京・板橋)が取り組む働き方改革の成果と課題が見え始めた。社員と個人事業主として業務委託契約を結ぶ制度の導入から約4年。「規制逃れ」という指摘もあったが、元社員は社員の約1割に増えた。ゲームや米の販売といった意外な新規事業が出たが、人材流出など課題もある。個人事業主は根付くか。タニタの今を追う。

「対戦ゲームのオフ会をやろうよ」。セガの対戦ゲーム「電脳戦機バーチャロン」は、コアなゲームファンがインターネット上で対戦したり、「オフ会」を開いたりしている。

ゲームや米の販売企画、外から支える

2021年1月にはバーチャロンのeスポーツ大会が開催された。この大会を運営したのが、以前、タニタの営業部に所属していた久保彬子さん(36)だ。

久保さんは17年にタニタを退職して個人事業主に切り替えた。現在はタニタの新事業推進部の業務を受託する。

18年2月、タニタの知名度を高めようと、谷田千里社長の指示でバーチャロンのコントローラーをタニタで製造販売する事業が始まった。

本業の体組成計とは関連しない事業のため、社内での事業化は困難だった。そこで、部署の垣根なく自由に動ける久保さんに白羽の矢が立った。谷田社長は「個人事業主制度がうまく作用した」と振り返る。

制度開始4年、社員の1割に

タニタは「労働人口が減る中で、一人一人の能力を最大限発揮して、働き手が報われる仕組みを作りたい」(谷田社長)と、17年に制度を開始した。21年時点で約30人が個人事業主として働いている。会社との雇用契約を解消するが、業務委託契約を結び独立しても最低3年はタニタでの仕事を保証する。

久保さんはプロジェクトリーダーとしてクラウドファンディングで事業資金を集めたり、バーチャロンのファンにコントローラーの仕様の聞き取りをしたりする業務まで担った。ファンとのやりとりを通じて最適なコントローラーのボタンの位置などを追求していった。

大企業の一社員では、部門間の調整に時間がかかり事業領域が制限されることも少なくないが、久保さんは特定の部署に属さない。また、勤務時間の上限もなく仕事に打ち込める。

久保さんは「社員としてよりも個人事業主として行動する方が働きやすい。勤務時間に縛られず幅広い仕事ができた」と振り返る。ファンとの交流を続け、22年もeスポーツ大会の開催を見据える。

タニタ以外の仕事も広げる

ゲームだけでなく米も売る。「あきたこまち」を「タニタこまち」と名付けて、ネット通販などで販売した。久保さんは農家との交渉を担ったり販路を開拓したりと実動部隊として活躍した。

タニタ以外の仕事にも少しずつ手を広げている。保育サービスを提供する中小企業の営業企画を受託した。現在、タニタでの仕事の時間の約1割をあてている。

自分の能力や生活スタイルに合わせて柔軟に働くことを希望し、個人事業主やフリーランスを選択する人が増えている。国も企業の努力義務として、フリーランスなどを選んだ従業員への業務委託を掲げるなど、環境整備を急いでいる。

退職直前の給与支払う

タニタの個人事業主制度では営業や企画など引き受ける業務には退職直前の給与と同水準の報酬を払う。職務内容や責任範囲などを明確に定め、それ以外の業務については追加報酬を支払う。タニタでは総務や企画といった幅広い業務を対象にしている。

タニタの制度は労働法の枠外で雇用関係がない。文具や交通費、在宅勤務をしていれば家賃の一部も経費と計上でき、課税の対象が減って手取りの収入が上がる。タニタの調査によると、19年に個人事業主となった元社員は前年比で平均21.3%手取り収入が上がった。

新型コロナが拡大し、在宅勤務など働く環境が大きく変わった。タニタの働き方改革の制度設計を担い、自身もタニタと業務委託契約を結ぶ二瓶琢史社長補佐(53)は「自由に時間や場所を選べる働き方は、コロナ禍にも十分対応できた」と評価する。

みずほリサーチ&テクノロジーズ、経営・ITコンサルティング部の小林陽子課長は、「人材の流出に悩む企業にとってはうまく利用できる可能性がある」と話す。

支援体制は道半ば

タニタの取り組みに死角はないのか。「会社員という地位から得られる安定感がなくなる」「確定申告の手間がかかる」「国民健康保険に加入する必要がある」といった声も出ている。

タニタは、個人事業主となった元社員がお互いに助け合える団体「タニタ共栄会」を設置し、タニタの施設や備品を使えて、確定申告に必要な税理士の支援を受けられるようにした。支援を拡大して、能力を高めたい人の受け皿をつくる。

優秀な人材が退職しても、タニタの働き方に共感する人材獲得を同時に進める必要がある。個人事業主は産休・育休を見据えて個人で保険に加入する必要があるなど、支援体制も道半ばだ。

久保さんは個人事業主は「仕事の自己管理能力も問われる」と話す。働き方改革は企業だけでなく、個人にも意識改革を迫っている。

自由な立場で既存事業進化

タニタは社員を個人事業主に転換する制度を、新規事業だけでなく既存事業の拡大にも活用している。主力の体組成計の高機能機種を開発し、好調な売り上げを維持するなど、業績に反映されつつある。新たな働き方の導入を他社にも促し、タニタのブランド力向上や優秀な人材獲得にもつなげる。

タニタの計測技術を開発する西沢美幸さん(52)は2017年に個人事業主になった最初の世代だ。在籍年数が長くなる中でワークライフバランスを見直したいと考えていた。だがタニタでは働き続けたいと思い応募を決意した。雇用契約を解消して個人事業主になりタニタと業務委託契約を結び直した。現在は開発部の主席研究員の業務を受託している。

独立したメリットは社内で自由に動けることだという。西沢さんはアイデアをどんどん出すタイプだが、思いついたものも「開発部の仕事ではない」という部署間の壁に阻まれて思うように実現できなかった。独立すると個人として部署を超えて製品開発に関与できるようになりアイデアの実現がしやすくなった。

西沢さんは計測機器にインプットされた情報を処理し、体重や推定骨量、筋肉量などのデータに変換するアルゴリズムの専門家だ。20年11月に発売した家庭用体組成計「インナースキャンデュアル」の新モデル4製品に西沢さんのアルゴリズムが盛り込まれている。タニタのオンラインショップや家電量販店を通じて販売し、コロナ禍の健康意識の高まりで20年の売り上げは順調だった。

4製品の中でも最上位機種では、左右の腕や足、体幹など5カ所ごとの体脂肪率や筋肉量などを別々に測れる。他の機種が20年比で落ち着く中、最上位機種は現在も好調な売り上げを維持しているという。

タニタはタニタ食堂など健康関連の新事業を広げてきた
タニタはタニタ食堂など健康関連の新事業を広げてきた

新モデルは個人事業主の立場を生かし、米国の研究者と共同研究した。西沢さんがアルゴリズムの設計や製品開発、米国側がアルゴリズム作成に必要なデータ提供などを担った。西沢さんは個人事業主になってから会社の指示を待つことなく海外に自由に行きやすくなり、コロナ禍以前は現地まで出向いて共に研究を進めたという。

他社にも制度導入促す

社外から気軽に声をかけられるなど仕事でのチャンスが増えた。西沢さんは「声をかける側もタニタに頼むより個人に頼んだ方が依頼のハードルが低い」と説明する。西沢さんがアイデアを実現できる環境が整ったことでタニタが申請する特許も増えた。西沢さんは希望に近い働き方ができ、タニタの特許申請が増えて「ウィンウィンの関係を築けていると感じる」と話す。

こうした制度が業績にも寄与し始めている。タニタの連結売上高は17年3月期の159億円から21年3月期には21%増の192億円に増加した。

働き方の新モデルを他社にも広げる。二瓶琢史社長補佐(53)が中心となり、導入方法のコンサルティングを提供している。企業に所属することで安心感は得られる。一方で、二瓶さんは「より自由に働きたい人もいるはず。雇用関係という主流の働き方以外にも選択肢を用意したい」と話す。

人材流出のリスクも

個人事業主になった元社員は、17年の8人から21年には約30人と増えた。会社にとっても人材が流出するリスクはある。個人事業主になったあと契約を解消したのは2人で、21年度の新入社員や22年度入社予定の人の中にはタニタの個人事業主制度に関心を持って入ってきた人もおり、「新たな人材獲得につながっている」(谷田千里社長)という。

17年の制度開始から4年がたち、タニタの働き方改革が個人事業主やフリーランスなど社会に与えるインパクトも問われる段階に来ている。ランサーズの調査によると、21年の国内のフリーランス人口(会社員の副業・兼業を含む)は1670万人と20年比で57%増加した。新型コロナウイルスの影響もあり、在宅勤務など働き方を見直す人が増えているためだ。企業の中には副業・兼業を許容したりフレックスタイム制度を導入したりする事例も増えている。

タニタの働き方改革は類似する副業・兼業を許容したりフレックスタイムを導入したりする制度などと比較して企業とそこで働く個人の関係を抜本的に見直している点に特徴がある。完全に雇用契約を解消するため、企業が提供する福祉が原則として享受できなくなるなどの不安な要素はあるものの、元社員は企業と対等な立場に立って仕事内容を交渉することができる。

個人事業主やフリーランスは、労働法の枠外となり会社の労働組合にも属さない。都内で広報・PRのフリーランスとして働く女性は「企業が業務成果のフィードバックを正社員と同様にしてもらえると、次の仕事に生かせる」と訴える。企業側はこうした働き手への配慮と、個人事業主も自立して交渉する忍耐力やノウハウを磨かなければならない。

谷田社長「新事業で成果、市民権を獲得」

タニタの谷田千里社長は、個人事業主制度の導入を主導してきた。制度の成果や課題を聞いた。

――2019年にタニタの働き方改革を対外的に公表し始めたとき、「社員切り」により人件費を抑えたり福祉にかかるコストを削ったりする意図があるのではないかと疑う目も向けられました。

「どのような道具や制度にも共通して言えることだが、社員を個人事業主に転換する制度もトップの使い方次第だ。包丁と同じで正しく制度を使いこなさないといけない。会社によっては悪用できるだろう」

「現在はタニタ共栄会で保険情報の提供や確定申告の補助をしたり、最低3年は業務委託契約を保証したりすることで基本的にうまくいっている。他社に制度ごと売り込んでコンサルティングをできる段階になり、市民権を獲得しつつある」

――タニタの特徴は人材を「囲わない」経営です。

「タニタこまちの販売やゲームコントローラーの製造など体組成計以外の事業を展開できたのは個人事業主の制度の成果だ。体組成計事業に縛られず自由に動ける個人事業主がいたためその上司との調整が不要になった。いずれの事業もタニタの話題作りに貢献し、体組成計の事業が立ちゆかなくなったときのリスクヘッジにもなっている」

――日本の雇用環境には様々な課題があります。

「社員をいったん退職させて個人事業主として業務委託する制度は、能力を伸ばしたい若手が会社の就業規定に縛られず自由に成長してもらえるように作った。日本の企業で多く見られるメンバーシップ型雇用のリスクは、会社の経営状態によって社員の生活も共倒れになる可能性がある点だ」

「さらに、AI(人工知能)がこなせる仕事が増えてきている昨今、若いうちに自分にしかできない能力を高めておき人材としての価値を高める必要がある」

――個人事業主が他社の仕事を増やし優先することで、人材が流出する恐れがあります。

「人材流出のリスクは確かにある。約200人の対象者のうち、現在個人事業主になっているのは約30人で、タニタとの業務委託契約が切れた人は2人だ。ただ、彼らとは現在でも緩やかにつながっており、何かあれば助け合える関係を維持している。今年の新入社員の中にはタニタの個人事業主制度に関心を持って入ってきた人もおり新たな人材獲得に生かせている」

(聞き手は茂野新太)

[日経電子版 2021年08月27日 掲載]

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