働き方innovation

三菱ケミカル、キャリアの主導権は私 主要職に社内公募

キャリア形成を会社に委ねずに自ら描く会社員が増え始めた。三菱ケミカルは2020年、主要職種を対象に社内公募制度を導入した。社員の仕事や会社への満足度を高めて、働きがいや生産性の向上につなげる。日本ではこれまで会社側が人材配置を主導してきた。転職や早期退職が当たり前となり、働き手の意識改革が進む。

表面に微細な凹凸を施すことで光の反射を防ぐフィルム「モスマイト」。カーナビや時計の液晶画面などに利用される三菱ケミカルの新素材だ。最近は新型コロナウイルスの感染を防ぐアクリル板にも使われるようになった。4月からモスマイトの量産用金型の改良などに取り組む清水浩司さん(39)は「自分が関わる技術が社会の役に立っている実感が働きがいになっている」と話す。

清水さんは入社から17年間、神奈川県の研究所で遺伝子解析技術の開発に携わった。医療分野などへの応用が期待され、試薬から分析装置の製造まで手掛けたが、本格的な事業化にたどり着けない。「あと少しで開花するはず」と念じながら年を重ねる内、気が付けば開発者人生の折り返し地点に近づいていた。

転機は19年。成長が見込めないと判断した会社は関連製品の販売を終了した。開発チームは散り散りになり、清水さんも畑違いの生産技術部門に異動になった。突然のキャリア寸断に「サラリーマンはそんなものだ」との諦めがあった。だが、時がたつにつれ「技術が花開くまでやり切れなかった」という悔しい気持ちを抑えきれなくなった。

1年後、耳に入ったのが会社が主要職種を公募に切り替えるとの知らせ。戦略事業のモスマイト部門に魅力を感じた。「研究所しか知らない自分が新天地でやっていけるのか」。不安と葛藤があったが、「17年間を取り返したい」との思いが背中を押した。

清水さんは現在、金型の専門書を買いこみ、必要な知識の習得に余念がない。社内公募をきっかけに「キャリア構築の責任を自分が引き受ける覚悟も生まれた」と振り返る。

社内公募制度は1990年代以降、日本企業に広がった。だがその多くは上級管理職や新規事業の担当者など対象が限られる。三菱ケミカルが20年10月に始めた同制度は対象が広く、課長級以上の管理職を除く全てのポストに応募できる。これまで約1500のポストが公募され、3分の1に応募者が充てられた。

三菱ケミカルが制度を刷新したのは、従来の仕組みでは人材の能力を引き出せないとの危機感からだ。化学産業でも汎用品から高付加価値品へのシフトが加速する。中田るみ子取締役は「上司の指示で働くより、自らやりたいことに取り組む人の方が意欲も高く、イノベーションを生み出せる」と強調する。今後は管理職に対象を広げる。

日本は海外に比べてキャリアを会社任せにする傾向が強かった。海外では仕事の内容をあらかじめ細かく決めた「ジョブ型雇用」が一般的なのに対し、日本では職務内容を限定しない「メンバーシップ型雇用」で、ローテーションで幅広い仕事を経験させてキャリアを積む。働き手も意に沿わない異動でも甘んじて受け入れる考え方が根強い。

転職や早期退職が当たり前となった今、会社任せに違和感を持つ人が増えている。パーソルグループに勤める千村祐人さん(28)は17年にメガバンクから転職した。当初は営業職だったが、「人と組織の課題を解決するには経営の視点が必要」と、社内公募を通じて経営管理部門に異動した。「自ら仕事を選ぶからこそ、キャリアが前進している手応えがある」と話す。

パーソルは17年にグループ全体で社内公募を導入した。20年には希望する部署の仕事を最大3カ月間体験できる「ジョブトライアル」制度を始めた。

ソニーグループは他社に先駆け1960年代から社内公募を取り入れる。15年に継続的に高評価の社員が自ら異動の意思を公表し、引き合いのあった部署から希望の異動先を選べる「FA制度」を導入。約150人が同制度で異動した。

20年4月に携帯電話向けセンサーの商品戦略を担う部署に移った海部敬太さん(39)もその一人だ。「前の職場は同じ担当が長く学習意欲が低下していた。今は顧客と直接やりとりするなど新しい体験があり、挑戦意欲が高い」と話す。

社員の働きがいを引き出す社内公募には副作用もある。働き手の裁量を広く認めると、経営戦略に合わせた機動的な人材配置の障害になる場合があるからだ。ソニーでも特定の部署に異動希望者が集中したり、逆に流出したりする現象が起きている。社内公募を定着させるには会社組織と働き手が自律して、互いに魅力を高め合う企業風土をつくることが重要といえる。

仕事の熱意、日本低く

働きがいは海外で「ワークエンゲージメント」と呼ばれる。仕事に高い熱意を持って取り組み活力を得ている状態だ。2000年代以降、米国やオランダなどで実証研究が進み、企業の生産性を高める要素としても注目されるようになった。一般に仕事に対する裁量が広がるほど、働きがいは高まるとされている。

日本の働き手は諸外国に比べてエンゲージメントが低調だ。蘭イフェクトリーの20年の調査によれば、日本でエンゲージメントを感じている人はわずか9%。世界平均(35%)を大きく下回り、調査対象57カ国・地域中で最低だ。中国(51%)や米国(35%)などに大きく水をあけられている。

背景にあるのがキャリア自律の低さだ。経団連が19年に実施した調査では、社員のキャリア形成は「会社主導」が多い企業が74%。「社員主導」が多い企業は23%にとどまる。55%の企業が社内公募を導入するが、対象職種は限定的で、今なお「キャリアは会社任せ」が標準だ。

リクルートマネジメントソリューションズが20年に実施した調査では、88%の働き手が「働き方や生き方を個人が選択することを奨励する会社で働きたい」と回答。同時に66%が「多くの人にとって自律的に働くことは難しい」と見ており、36%が「上司や会社から自律的に働くことを阻まれている」と感じている。

同社が19年に実施した調査でやりがいを高める人事制度を尋ねたところ(複数回答)、「社内公募」(45%)に加え、「希望に応じてスキルや知識を学べる研修」(50%)や「副業や多様な長期休職(ボランティア・留学)」(47%)を挙げた人が多かった。主体的なキャリア構築を支援する仕組みが働きがい向上のカギを握る。

(雇用エディター 松井基一)

[日経電子版 2021年08月30日 掲載]

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